吾妻・安達太良花紀行9 佐藤 守

クロクモソウSaxifraga  fusca ユキノシタ科ユキノシタ属)

 山地の渓流沿いの岩上や湿地に植生する多年草。葉は円形でユキノシタの仲間特有の端正な鋸歯で縁取られる。葉の表面は光沢があり、白毛が散生する。叢状の根生葉の基部から花茎を伸ばし、円錐花序の小花を咲かせる。小花の花弁数は5枚で赤茶色とも赤紫ともつかない微妙な紫系の色。雄ずいは10本。雌ずいの先端部は2つに分かれる。

盛夏のある日、それまで冬しか訪れたことの無かった吾妻山の登山ルートを踏査した。冬の登山では必ず休憩を取るキタゴヨウマツ林の沢で、初めてこの花に出会った。葉の形状から、ダイモンジソウかと思ったが、丁度、開花期に当たり、花を確認できたのが幸いした。私はその花を一見して、ヒメアオキの花に似ていると思った。このような色合いの紫系の花は吾妻・安達太良山域ではこの2種とハウチワカエデ、アケビ、マキノスミレぐらいで多くはないが、日本人に好まれる色合いではないかと思う。

クロクモソウ、ズダヤクシュ、タニギキョウ、ヤグルマソウ等の群落で被われたこの沢は冬のイメージからは想像もつかないほど植生豊かな、深山の夏沢であった。 

ヒメアオキAucuba japonica var. borealis ミズキ科アオキ属)

 ミズナラ林やブナ林の林床に植生する常緑の小低木。雌雄異株で先端部の葉腋から花茎を立て円錐花序の小花を咲かせる。雄花の方が雌花より大きい。花弁数は4個で、雄花は雌ずいを欠き、雄ずい数4が基本。写真の花は、花弁数、雄ずい数が5でキメラ変異を起したものと見られる。4を基本とするミズキ科では珍しいのではないだろうか。

ヒメアオキはエゾユズリハ、ハイイヌガヤと並んで日本海側ブナ林に共通して植生する林床低木で、日本海型森林植生を構成する代表的な標徴種とされている。吾妻・安達太良のブナ林では、この他にツルシキミ、ヒメモチを加えた5種が基本的な林床樹木である。いずれも葉は革質であるが、ヒメアオキの葉は上位の数葉の先端部は粗い鋸歯で縁取られているので見分けがつく。

私が初めてヒメアオキの花を意識したのは、吾妻連峰生態系保護地域の線引きに備えた調査で、中吾妻の1211m峰を踏査した時である。小尾根をヤブこぎしながら、植生調査をしていて、林床下で紫色の花と赤い果実をつけたヒメアオキの雌株に遭遇した。雌花の柱頭は透明感のある青紫色で、小さいながらも穂状に散らばった小花は点描画を連想させた。

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