吾妻・安達太良花紀行30 佐藤 守

ダケカンバ(Betula emaniiカバノキ科カバノキ属


雌花


雄花

亜寒帯過湿気候帯の代表的落葉広葉樹であるが、ブナ林から亜高山帯まで分布域は広い。樹皮色に特徴があり、光線の具合により肌色、またはピンク色を帯びた白色系を呈し美しい。しかし幼木の樹皮はチョコレート色に白い皮目が混じり、おおよそ成木のイメージとはかけ離れている。枝は長枝と短枝がある。葉は長枝は互生、短枝では葉が2枚(1対)着生する。雌雄異花で雌雄同株。花は集合花で穂状花序。雄花序は長枝の先端に数個着生し、雌花序は雄花より下部の短枝の先端に1個着生する。小花は雄花、雌花ともに1つの苞につき3花づつ着生する。雄花の雄しべは3個。雄花が開花すると葯の色から黄緑色に見える。雌花は赤い雌しべが淡緑色の苞の先からのぞきそのコントラストが美しい。開花は5月〜6月で、展葉と同時に開く。堅果には半透明の翼があり、風で散布される。

ダケカンバの発芽時には青葉アルコールが発散される。そのため、初夏の吾妻連峰では森一面が青く霞むブルーマウンテン現象を呈する。この物質はフィトンチッドとして知られているが、葉の病気である褐斑病(シラカンバが特に弱い)を抑制する抗菌作用があるのでアレロパシー(自己繁殖に有利に作用する物質を分泌する現象)、カイロモン(他種の繁殖を助ける物質を分泌する現象)物質としても注目されている。福島の高原地帯などでシラカンバがまとまって見られることがある。これは植林されたもので通常は褐斑病に感染して衰弱する確率が高いのだが、健全に生育しているのは、周辺のダケカンバが放つ青葉アルコールの効果(カイロモン効果)によるものなのかも知れない。

ダケカンバは陽樹であり、寿命も長く、カンバ類では最も環境適応性が強い。また最も植生域の標高が高く森林限界ダケカンバ林を形成する。ブナ、オオシラビソ林でも倒木などで林床に日の当たる空間(これをギャップという)ができると容易に発生する(これを先駆性という)ので思わぬところで大木化したダケカンバの孤立樹に出くわすことがある。吾妻・安達太良連峰では900mから2000mを越える頂上付近まで植生するが、吾妻連峰では栂平付近、安達太良連峰では鬼面山北面のダケカンバ林が特に美林である。なおダケカンバとよく誤認されるシラカンバはカンバ類の中では最も環境適応性が狭く分布域は中部山岳等極めて限られており福島県には自生地はない。ダケカンバ(岳樺)は標高の高いところに植生することから命名されたが、別名をソウシカンバ(草紙樺)とも言う。これは剥離した樹皮を紙の変わりに用いたことに由来する。

アオイスミレ(Viola hondoensisスミレ科スミレ属

落葉広葉樹林の湿り気の多い林床に植生するスミレの仲間で日本固有種。スミレの仲間では開花期が最も早い。日本でもっとも普通に栽培される外国産スミレの園芸種にニオイスミレというのがある。このスミレは濃い青紫で開花期はきわめて早く、福島でも3月頃から咲き始める。アオイスミレはこのニオイスミレの仲間である。開花期が早いのはその性質を受け継いでいるのかもしれない。このほかに日本に植生するニオイスミレの仲間はエゾノアオイスミレだけである。ニオイスミレの仲間の特徴は雌しべの花柱の先がカギ型に曲がっていることである。

アオイスミレは株全体が毛深い印象である。葉は比較的小さく形は丸く毛が多い。若い葉は葉の両側が筒状に丸まっているのが独特である。この葉の形が、徳川家の家紋である「葵」(フタバアオイ)の葉に似ていることが名の由来というのもうなづける。また葉のつけ際にある托葉も縁に毛がある。花は花弁全体の縁が波打っており、側弁はあまり開かない。側弁の基部には毛があるものと無いものがある。唇弁は広く大きくよく目立ち、中央には紫条が走る。上弁は比較的長くウサギの耳に似ているため花全体の姿はウサギのイメージがある。花の色は薄紫色であるが限りなく白に近い株もある。花の萼片も有毛である。ニオイスミレの仲間だけあって花は芳香を放つ。距はタチツボスミレのように立ち上がっており、太く凹凸がある。

アオイスミレは開花時には匍匐茎は見られないが、開花期が終わると匍匐茎を伸ばす。また閉塞花のみが結実する。アオイスミレは、他のスミレ類と異なり種子を弾き飛ばす仕組みを持たない。その分、アリ散布効率を高めるためか種子のエライオソームは非常に大きい。

吾妻・安達太良連峰でも沢や融雪水の停滞する凹地周辺で見られることが多い。条件が整うと日当たりの良い土手にも群落を形成することがあるが、通常は数株程度でコロニー状に植生する。分布域は局地的であるため、なかなか出会うことは少ない。そのため、私もこのスミレを見つけたのは他のスミレに比べて遅い方であった。初めて出会った時はコケティッシュな花の形もさることながらその芳しい香りに驚いた記憶がある。


 
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