吾妻・安達太良花紀行28 佐藤 守

カラスシキミ(Daphne miyabeanaジンチョウゲ科ジンチョウゲ属)

山地に植生する常緑小低木で雌雄異株。標高1000m前後のミズナラ林からブナ林帯の林床に植生する。群落を形成することはなく、2、3株が点在する。葉は互生し、形は細長い披針形で先はとがる。表面は革質で濃緑色をしており光沢がある。触ると独特の弾力と質感があり、彫りこんだように葉脈が走る。葉縁は滑らかでやや裏側に巻き込んでいる。花は頂性で新枝の先端に数輪〜十数輪の筒状の質感のある白い小花を上向きに咲かせる。花弁のように見えるのはガクで花弁はない。小花の先端は4裂する。雄しべは4個。
  属名のDaphne(ダフネ)は、ギリシャ神話に出てくる美しい女神の名前に由来する。エロス(キューピッド)が悪戯心からアポロとダフネに金(恋心を抱く矢)と鉛(恋心を拒む矢)の矢を射たために、ダフネはアポロから逃れ月桂樹に化身した。悲しんだアポロはダフネへの愛の永遠の証として月桂樹の冠を被るようになったという。カラスシキミの白い花はこの神話の無垢の女神のイメージにふさわしいと思う。和名のカラスは「シキミ(樒)」との比較から株丈あるいは花の大小を指しての命名のようである。カラスシキミは「シキミ」とは異種の植物であるが、劇物指定の猛毒を含む「シキミ」同様、果実は毒である。
  「花紀行」の取材で額取山と甲子山でオレンジ色の果実に出会い、龍ヶ岳で初めてカラスシキミの花を見ることができた。その時は運悪くフィルムを使い切っており、本種は群落を形成しないことから再見は困難だろうと思い、花の撮影はあきらめていた。その同じ年に、高山で花が咲いている個体を見つけた山内氏から連絡をもらった。もう夕方に近かったが、急いで林道を駆け登って、その美しい姿を撮影することができたのは幸運であった。その後、裏磐梯の観察会でも度々確認されている。これらの事実は、日本海多雪地帯型に分類されている本種の分布特性を裏付けているようである。

イワイチョウ(Fauria crista-galli ssp. japonicaミツガシワ科イワイチョウ属)


長花柱花

短花柱花

ヒナザクラ(短花柱花)

亜高山や高山の雪田や湿原の池塘周辺に群生する多年草。1属1種である。別名を「ミズイチョウ」と言う。分布のタイプは日本海多雪地帯型である。アオノツガザクラ、ヒナザクラ、チングルマと並んで、西吾妻山域を代表する雪田植物である。地上部は数個の根生葉とその中心部から伸びた花茎の先端に数個〜十数個の小花を咲かせる集散状花序で構成される。葉は互生で葉柄は長い。葉の表面は光沢があり、葉身は円形で先端部はゆるくへこみ、縁には揃った鋸歯がある。名前の由来は葉の形をイチョウの葉に見立てたもの。花冠は白色で漏斗状に咲き、先端は5裂するのが基本だが6裂している花も見られる。裂片中央には縦ひだ、縁にはフリルを連想させる波状のしわがある。種小名のcrista-galliは「雄鶏のとさか」という意味で、裂片中央のひだから連想したもの。
  ミツガシワと同様に、イワイチョウの花には柱頭が長く雄しべの短い長花柱花と、雄しべが短く柱頭の長い短花柱花がある(二型花柱性植物と呼ばれる)。同タイプ間の受精では結実せず、異型同士の交配でのみ種子ができる。群落では2つのタイプの個体が1:1の分離比で植生する。これは遺伝的に長花柱花が劣性ホモで短花柱花がヘテロであることによる。西吾妻を植生の南限とするヒナザクラも二型花柱性植物である。この2種類の花は西吾妻では同じ場所に隣接して群落を形成しているが、開花にいたるまでの環境適応性が異なる。ヒナザクラは融雪後、温度の上昇(正確には有効積算温度)に依存して開花するが、イワイチョウは葉の展開までは温度に、花芽形成・開花は日長に依存する。日長は年による変動が少ないため、イワイチョウの花は毎年、一定の時期に開花する。しかしヒナザクラの生育は、融雪の時期とそれ以後の気温経過に密接に反応するため、年により開花時期が異なることが多い。


 
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