吾妻・安達太良花紀行23 佐藤 守

ベニバナミヤマカタバミ(カタバミ科カタバミ属)

Oxalis acetosella L. ssp. griffithii (Edgew. et Hook. fil.) Hara var. rubriflora Makino

ベニバナミヤマカタバミ


ミヤマカタバミ
(小葉の角がとがる)


コミヤマカタバミ
(小葉の角が丸い)

本種はブナ林に植生する夏緑性多年草ミヤマカタバミ(Oxalis griffithii)の花色変異種である。ミヤマカタバミは近くに沢があるようなやや湿った林縁で群落を形成する。花は5花弁からなる離弁花で、雄しべは10本であるが5本は短い。吾妻連峰に植生するミヤマカタバミの仲間にコミヤマカタバミ(Oxalis acetosella)がある。こちらは、山頂部付近の針葉樹林帯の林床に植生している。いずれも、3枚の小葉からなる根生葉が特徴的である。花色はいずれも白で明るい緑色の葉とのコントラストが爽やかな印象をもたらす

ベニバナミヤマカタバミはミヤマカタバミの花の色がピンクに変異したもの。私はこの変種の存在は知らなかったが、季節の移ろいのちょっとしたずれが思わぬ遭遇をもたらしてくれた。初夏の気配が漂う頃に私はいつもの様に花を求めて吾妻山麓の渓谷沿いを散策した。今年は例年より花が遅く、いつも見られるお馴染みの花はまだ蕾である。沢側の斜面にミヤマカタバミの白い花が咲いているのを見つけた。その群落の中から1輪ピンクの花が目にとびこんできた。花の形も大きさもミヤマカタバミそっくりである。慎重にその花柄をたどり葉を確認した。間違いなくカタバミの一種である。ひとしきり写真撮影を済ませて登っていくと今度はこのピンク色の花だけの群落に遭遇した。不思議なことに白とピンクが混生していた場所から下はミヤマカタバミのみで逆にそこから上はベニバナミヤマカタバミのみの植生となっていた。自然の神秘をまた垣間見た思いがした。種子繁殖が主体らしいので種子を散布する媒介者によって選別され、山登りしたのだろうか。

イワウチワ(Shortia uniflora イワウメ科イワウチワ属)

ブナ林の林床に自生する常緑多年草。山野草愛好家や販売業者の違法盗掘の代表種でもある。花はイワウメ科の中では最も大型で漏斗状の合弁花である。周辺が不規則に丸く切れ込んだ菱形の5枚の花弁が印象的で、白と淡い桃色のグラデーションで構成される花弁の色合いがはかなさを感じさせる。雄しべも5本であるが、これに加えて花の底には5個の退化した雄しべ(「仮雄蕊(かゆうずい)」と呼ばれる)がある。葉は革質で互生。イワウチワの名前はこの葉の形が団扇を連想させることに由来する。高山に植生するイワカガミの葉に似ているが、イワカガミは葉に照りがあるのでこれを鏡に見立てて名づけられたと言う。

イワカガミの花は登山好きにはお馴染みの花であるが、イワウチワの方は花を見る機会は格段に少ないと思う。私が初めてこの花を見たのは残雪期に会津朝日岳から丸山岳を経由して御池まで縦走した時である。岩混じりの稜線の片隅で咲いていた花のスナップ写真が残っている。それから約20年後に吾妻山麓でこの花に再会した時はその美しさに息を呑んだ。そこはミズバショウとブナとイワウチワの群落が共存していて、福島県ではここが唯一ではないかと思う程美しい景観が広がっていた。山の斜面と湿原の周辺に形成されたイワウチワの大群落がブナの萌芽に合せるように開花し、ミズバショウとブナの新緑を同時に楽しむことができる。ここは私にとって数少ない楽園の一つである。私は、イワウチワの花が咲いている季節に、この楽園に案内するのは家族同様に心を許せる人だけと決めている。

 


 
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