吾妻・安達太良花紀行21 佐藤 守

カスミザクラPrunus verecunda バラ科サクラ属

カスミザクラ-コナラ群落として植生区分される落葉広葉樹林の主要な構成樹であり、東北の里山を代表するサクラである。生態的適応性としてはヤマザクラとオオヤマザクラの間の標高に植生するが、福島県では、中通りの県北〜県中と会津地方に自生し、県南と浜通りに自生するヤマザクラとの分布上のすみわけが見られる。

北海道には、ヤマザクラは自生しないが、カスミザクラは分布する。このことからもカスミザクラは冷涼な気候に適応したサクラの仲間ということがわかる。そのせいではないのだろうが、カスミザクラの花柄は軟毛で被われており、葉柄や葉の両面にも毛がある個体が多い。無毛のヤマザクラと区別して別名ケヤマザクラとも呼ばれる。

開花期は、サクラ類の中ではウワミズザクラに次いで遅く、ヤマザクラよりも10日以上遅い。福島市郊外では4月下旬〜5月上旬頃で、ソメイヨシノの花が散ってから咲く。葉が開きながら花が咲くタイプであり、葉は若葉でも赤みを帯びないのでヤマザクラやオオヤマザクラと区別する目安になる。わずかにピンクがかった花を咲かせる個体も見かけるが、花の色は白が普通である。ソメイヨシノとは異なり、花芽は多くないので、まばらに咲いた花が点描画のように見える。花の時期が他の広葉樹の萌芽期に重なるため、カスミザクラが咲いている森を遠くで眺めると霞をたたえたような景観をかもし出しており、カスミザクラという命名に納得させられる。種名は「純潔で内気」を意味し、その名の通りソメイヨシノやオオヤマザクラとは対照的なサクラである。高山では標高300〜800mあたりの山麓に散在的に自生している。カスミザクラの花が散り始めると森は萌黄色に染まり本格的な新緑の季節に入る。

オトメエンゴサクCorydalis fukuharaeケシ科キケマン属


苞葉


ヤマエンゴサクと苞葉

  コナラ林からブナ林にいたる落葉広葉樹林の湿り気のある林床に自生する多年草。カタクリやニリンソウと並ぶスプリングエフェメラルズ(早春季植物)の代表種。最近、エゾエンゴサク類の研究で大幅な進展が見られ、本州に分布するエゾエンゴサクとされていたタイプは北海道のタイプとは異なることが特定され、オトメエンゴサクと命名された。オトメエンゴサクは日本固有種であり、その生態的特性は不明な部分が多いと言う。
 エンゴサクの仲間は、地中に直径1〜2cmの塊茎を形成し、そこから茎を伸ばして下から1枚の鱗片葉と2枚の本葉を分化し、茎の先端に距と呼ばれる筒状の器官を持つ小花を総状につける。葉は互生し、小葉3枚からなる1〜2回3出複葉。小葉の形は変異が多い。小花は4枚の花びらで構成され、唇状の形をした外側の上下2枚の花びらが動物的な花の姿を演出している。花序の付け根にある1枚の苞葉の葉縁には切れ込みがない。これに対しヤマエンゴサクの苞葉は切れ込みが明瞭で、オトメエンゴサクを識別する目安になる。種子の散布が終わると地上部は1年で枯死してしまう。そのため「1稔生植物」と言われることがある。

花の色は青紫色が多いが、同じ群落内でも濃淡があり赤紫まで微妙に花色が変化する。花の表面は微細な縞状の溝が走り、細かく光が反射する。花からは心地良い香りが発散され、オトメエンゴサクが満開になった森では、この芳香が独特の雰囲気をかもし出す。なお和名は塊茎を乾燥した中国の漢方薬「延胡索」の原料と同じ仲間の植物であることに由来する。

オトメエンゴサクは本州日本海側の多雪地帯に分布する。吾妻連峰では、高山山麓にヤマエンゴサク、西吾妻山麓にはオトメエンゴサクが自生し、生態的なすみわけが見られる。県内の奥羽山脈でも山域によりヤマエンゴサク(茂庭・源風森、笠が森山と甲子山)とオトメエンゴサク(額取山と川桁山)のすみわけが見られる。

なお北海道に分布するエゾエンゴサクも学名が変わり(C.fumariifolia subsp.azurea)、従来の学名(C.ambigua)
のタイプは日本列島には分布しないことが分かった。


 
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