吾妻・安達太良花紀行66 佐藤 守

クサギ(Clerodendrum trichotomum シソ科クサギ属)

里山のクリ・コナラ林からミズナラ林にかけて植生する落葉広葉樹。アズマネザサなどが叢生する原野に侵入するパイオニア樹として知られ、沢沿いの草地や林縁などの日照条件の良い場所で発達した独立樹が見られる。

葉は対生である。葉形は三角形で、葉の先端部は尖る。網目状に葉脈が走る。葉縁は全縁で葉の表裏ともに有毛である。葉をもむと独特の強い香りがある。命名はこの葉の香りに由来する。

花は頂腋性。枝の頂芽とその下部の腋芽から花柄が三分岐を繰り返して伸びて集散花序を形成する。小花は合弁花である。ホオヅキの様な緑白のガクが紅色を帯び始めるとガクが開き、花冠が露出する。花冠は5裂し平開する。開花した花の姿はストローの先にプロペラを着けたようである。鮮紅色に染まった花筒と白い裂片が対照的で美しい。花筒からは4本の雄しべと1本の雌しべが長く突き出る。花糸と花柱は白色、葯は紫で柱頭は淡緑色である。

雄ずい先熟で開花すると雄しべがそそり立ち先端の葯が花粉を散布する。この時点では雌しべはまだ未熟で下垂している。その後、葯が茶色になると雄しべは垂れ下がり、雌しべが上部に湾曲するようにそそり立ち柱頭を開く。雌性期には、裂片も黄化し花筒と共に下垂する。この裂片の色の変化はスイカヅラに似ている。花序の中に雄性期と雌性期の小花が混在する。クサギの開花期は長く、暑い真夏の深緑の林の中で白い花群が涼感を呼ぶ。花は強く甘い香りを放つ。真夏の貴重な花の蜜を求めて昼はクロアゲハやカラスアゲハ、夜はスズメガやコスズメが訪花する。秋になると星の様に開いた赤いガクの中央に瑠璃色の果実を樹一面に実らせる。その様は宝石をちりばめたようでただただ派手で美しい。果実の青色はトリコトミン(Trichotomine) というクサギ特有の色素による。

この夏、自宅にクロアゲハが飛んできた。なぜこんなところにと思ったが、近くの林で満開のクサギに出会い納得した。それにしてもなぜこれほどまでに豊かな香りと色彩を備えたのか神秘的で真夏の夢のような樹木である。

ゴゼンタチバナ(Cornus canadensisミズキ科ミズキ属

亜高山針葉樹林の林床に群生する常緑多年草。吾妻連峰のオオシラビソ林で見られる代表的な夏の山岳植物である。地下茎と種子で繁殖する。亜高山帯の厳しい環境では実生は定着しにくいのかオオシラビソやコメツガの株元に小規模の群落がコロニー状に点在する。高木の株元は幹流水により養水分が供給され、ゴゼンタチバナの繁殖に適した環境が整っているためと考えられる。鮮赤色の果実を橘の果実に見立てたのが名の由来とされる。

葉は対生。2枚の本葉のそれぞれの腋芽から1対の小さな葉が着生する。地下茎から地上茎が伸び3節を分化する。2節目に1対の小葉を着生し3節目に止め葉を着生する。ここに葉が6枚着葉しないと花芽が分化しない。花を着けない地上茎は4葉である。葉形は広卵状で、葉の先端部は尖る。葉縁は全縁で葉身には3対の並行脈が走る。

花は頂性。花柄を伸ばし、その先端に4枚の総苞片に包まれた頭状花序を形成する。花の形態的特徴はヤマボウシに似る。総苞片の展開始めは緑色を帯び、開花期には白色に変化し花弁の様に見える。しかし、白色化した総苞片は老化が始まるのか痛みやすい。花は20花以上の小花で形成された集合花である。小花は4枚の花弁と4個の雄しべ、1個の雌しべを有する。花弁の1つには禾状の付属片が着き、時に赤味を帯びる。この付属片は開花直前に脱落する。開花前の花弁は緑白で質感がある。開花すると透明感のある白色となり反転する。雄しべは葯と花糸ともに白色である。これに対し雌しべは赤黒色の子房、赤紫色の花柱、透明色の柱頭で構成され、よく目立つ。

夏の高山に登った。この時期の登山では必ずゴゼンタチバナの群落に出会う。立ったまま俯瞰すると群落の中に散らばる白い総苞片が涼感を呼ぶ。しかし、目を接近させて観察すると瑞々しさを維持しているのは少ない。総苞片は開花前が見頃なのだ。開花した花群は遠目では雌しべが黒く、既に花の終りと錯覚してしまう。しかし、しきりに花群を徘徊するハナカミキリが今こそ花盛りであることを教えてくれた。


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