吾妻・安達太良花紀行64 佐藤 守

ニオイタチツボスミレ(Viola obtusa (Makino) Makino スミレ科スミレ属)

クリ・コナラ林に植生する多年草。地上茎のあるスミレの仲間。タチツボスミレ、ニョイスミレ、アオイスミレ等の他の地上茎を持つスミレと比較して吾妻安達太良山麓では比較的植生は少ない。ニオイタチツボスミレはスミレと同様に里山に普通に分布するタイプである。しかし、スミレは標高1000 m付近の山稜でも見られるのに対し、本種の分布域は低山に限られる。

葉は互生である。葉形はハート型で、葉先は鈍頭で葉縁は規則正しい低鋸歯が並ぶ。根生葉は小さく花の時期は地際部に伏している。花の時期が終わると地上茎が伸び、大きめの茎葉を立ち上げる。タチツボスミレと比較して地上茎は長く伸びないので株は大形にはならない。

花は腋性で、根生葉の脇から花柄を伸ばし、淡い桃色を帯びた紫色の花を咲かせる。上弁は反転し、側弁はあまり開かない。唇弁は丸く大きい。花心部は白い部分が広く青い条線が放射状に広がる。白い部分は上弁にも広がり、果心部の白と周辺の紫とのコントラストが優美。上弁は基部から開くために雌しべの柱頭やオレンジ色の雄しべの付属器が良く見える。雄しべの葯は付属器の下に収まっている。雌しべの花柱の奥に蜜があり、訪花昆虫が吸蜜活動をする時に柱頭に虫が接触し花柱を押し上げるために、付属器と花柱の間に隙間ができ花粉が虫に付着する。花柄は毛じが密生する。

吾妻・安達太良山麓では里山の伐採が進みコナラを中心とする自然林がモザイク状に点在する。伐採地は日当たりがよく、スミレの群生地となる。沢沿いの伐採地の一角で初めて1輪のニオイタチツボスミレを見つけた。花を手のひらで包み鼻を寄せると心地よい微香を感じた。2012年に会員の鎌田さんのお誘いで信夫山にスミレの散策に出かけた。信夫山はまさにスミレの聖地であった。公園脇の自然林と接した傾斜地ではニオイタチツボスミレが群落を形成していた。しかし、そのスミレの聖地は放射能除染廃棄物の仮置き場と化してしまった。原発事故により広範囲の自然が汚染されたが、これは原発事故が引き起こした人為的(行政的)環境破壊である。

カザグルマ(Clematis patens C.Morren et Decnes grayanaキンポウゲ科センニンソウ属

 

クリ・コナラ林に植生する落葉蔓性木本。同様の山域に植生するトリガタハンショウヅルも同じ仲間である。トリガタハンショウヅルは林内に植生するが、カザグルマは沢沿いのやや湿った林縁部に植生する。また、標高が高い所に植生するミヤマハンショウヅルや逆に、本種よりも低地に分布するゼンニンソウ、ボタンヅルも同属の植物である。カザグルマは福島県レッドデータブックで絶滅危惧種T類に指定されている。属名のClematisは巻蔓を意味する。

葉は対生。小葉3または5枚からなる1回3出または2回3出複葉。小葉の葉形は紡錘形で葉の先端は緩く尖り、基部は葉柄側に流れる。葉縁は鋸歯が無く全縁である。トリガタハンショウヅルの葉は鋸歯がある。長い葉柄が巻蔓の様な機能を持ち他の植物に絡みつく。この葉柄の性質はセンニンソウ属のみの特性である。センニンソウ属はブドウの様な巻蔓は持たない。

花は頂性。新しい枝の先端から太く長い花柄を伸ばしその先に大輪の白い花を1個咲かせる。花弁はなく、花弁に見える器官はガク片に当たる。がく片は8枚が基本とされるが個体による変異が多い。開花前の萼片は黄緑色で通常の植物のがく片の色合いを残す。花は多数の雄しべと雌しべを備える。雌しべ群を雄しべ群が囲み、開花すると外側から雄しべの花柱が開き、その先の赤紫の葯から花粉を放出する。花柱は白黄色の長毛があるためクリーム色に見える。外側から雄しべの開葯が始まると雌しべの花糸が伸び、雄しべ群から半透明の柱頭をのぞかせる。多数の雄しべと雌しべを持つ植物は、被子植物の花として古生的形態を保持したものとされている。同様の特徴を備えたホオノキと花の形態や開花の時に現れる雄しべと雌しべの営みを比較すると何か新しい発見があるのかも知れない。

花探索の帰りに、2次林で初めてカザグルマの花に遭遇した。その翌年に会員の山内さんからカザグルマの群生地を見つけたとの知らせがあり、案内してもらった。その群生地を見て初見地のカザグルマが気になり、訪ねたが既に個体は消失していた。昨年、案内して頂いた群生地を訪ねたが、ほとんどの群落は消失し、残った群落も放射能除染廃棄物の仮置き場と思われる造成工事中で群落の生存は危機的状況にあった。


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