吾妻・安達太良花紀行63 佐藤 守

ホオノキ(Magnolia obovata モクレン科モクレン属)

クリ・コナラ林からブナ林に植生する落葉広葉樹。日本固有種である。吾妻安達太良に植生するモクレン科の樹木にはこの他にタムシバとコブシがあるが、ホオノキのみ葉が完全に成長してから開花する。また、ホオノキは他の植物の発芽を抑制する成分を分泌するアレロパシー作用が強いために、その樹冠下は下草層の発達が悪い。

葉は互生である。新梢の先端に10葉前後の葉がらせん状に着生する。葉は革質で厚く日本に自生する樹木では最も大型である。葉形は倒卵状長楕円形であり、葉縁は鋸歯が無く滑らかで緩やかに波打つ。種小名は「倒卵形の」を意味し、葉形に由来している。葉身は中肋から20を超える並行脈が走る。葉裏は白みを帯び軟毛が散生する。ホオノキの葉は芳香成分である精油成分(エッセンシャルオイル)を有する。

花は頂性である。ガクと花弁の区別が不明であり、花びら状のものは花被片と呼ばれる。花被片は3数性を示し、912枚の花被片がらせん状に着生する。花弁の数が多いことやらせん状に着生することは被子植物の中では古生的な様式とされている。雌しべは尖った帯赤色の柱頭が集合し、毛筆の筆先を連想させる。その基部を多数の先の尖った短冊状の雄しべが取り囲んでいる。黄白色の部分は葯でその基部の赤い部分が花糸に当たる。雌ずい先熟で、開花直後に柱頭が反転する。花は一旦閉じ、翌日雄しべが開葯する。花からは甘い香りが放たれる。果実は種子2個を包んだ赤い袋果が集合し、棍棒状を呈する。熟すと破袋して種子が垂れ下がる。自家結実した種子は殆ど発芽しない。

子供の頃、近所の年上の遊び仲間と裏山の探検に出かけた。そこがどこの山だったのか今では曖昧であるが、ウシガエルと紐で網状に包まれたボーンレスハムの様な赤い物体が記憶に残っている。その物体の香りは、ハムの匂いに似ていた。高山の原生林を守る会の観察会で、ほぼ20年ぶりにその物体の正体が判明した。以後、ホオノキの果実に遭遇するたびに子供の頃のささやかな探検を思い出す。

ウワミズザクラ(Prunus grayanaバラ科サクラ属

 

クリ・コナラ林からブナ林の沢沿いの斜面や谷筋に植生する落葉広葉樹。カスミザクラ、オオヤマザクラ、オクチョウジザクラ等の吾妻・安達太良連峰に自生する他のサクラ属の花と異なり葉が完全に成長してから開花する。また葉や樹皮にはクマリンと言う抗菌性の強い芳香物質が多く含まれる。イヌザクラ、シウリザクラ等と併せてウワミズザクラ亜属に分類される。

葉は互生。葉形は長楕円形で先端は尖る。葉縁は細かい鋸歯がある。葉身最下部の鋸歯に蜜腺を形成する。

花は頂(腋?)性。旧枝の各節から数枚の葉を着生した新梢の先端に多数の白い小花で構成された総状花序を形成する。花弁は5枚で緩く縮れる。雌しべの花柱は黄緑色で柱頭は黄白色である。柱頭の位置は雄しべの葯より高い。雄しべは1花当たり30本以上あり、葯は黄白色である。多数の雄しべが試験管の洗浄ブラシを連想させる。ガク筒は緑色で花弁の白と併せて清涼感を醸し出す。イヌザクラの花柄には葉は着生しない。

ウワミズザクラの枝には生長枝と脱落枝の2つのタイプがある。生長枝は旧枝の先端付近から伸長し、樹冠の骨格を構成する長枝としての機能を持つ。脱落枝は旧枝上の各節から春一斉に伸長し,秋に葉とともに茎も脱落する当年限りの枝である。そして翌春また同じ節から別の芽が伸長し、多くはその先端に花を咲かせる。 脱落枝は当年の新梢の大部分を占め, 数年間にわたって伸長と脱落を繰り返す。これは落枝現象と呼ばれるウワミズザクラ類の特性である。落枝現象はメタセコイア、ラクウショウやマツなどの針葉樹で認められている。広葉樹ではウワミズザクラ類以外ではクスノキ等で認められるが極めて少ない。落枝現象の生理生態的意義は解明されていない。その多くが先端に花序を有することから、脱落枝全体をナシなどの花叢と相同器官と見なすことで、脱落枝を樹冠体制上の繁殖機能を担う短枝の一変形様式と解釈することができる。

ウワミズザクラの花が咲きそろうと山麓の水田には水が張られ、果樹園や畑地でも本格的な農作業の季節となる。


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