吾妻・安達太良花紀行61 佐藤 守

アワブキMeliosma myriantha アワブキ科アワブキ属)

 

    コナラ林からミズナラ林にかけて植生する落葉高木。岩が散在する半陰性の湿気のたまる場所に多く、同様の環境を好むケヤキ林に多い。スミナガシ、アオバセセリの食草植物である。多くの樹木は春の発芽後枝を伸ばした後は、新梢の生長活動は休止するが、アワブキは、夏に発芽し新梢生長活動を行う二次伸長をしやすいため初夏から秋にかけては、成葉と若い葉が混在する。スミナガシは成葉を食べ、アオバセセリは若葉を食べるため幼虫の棲み分けが成立している。また、オオカメノキ、ムラサキシキブ同様冬芽は鱗片を持たない裸芽であるが、吾妻・安達太良連峰での植生は少ない。恐らく二次伸長した枝は冬の寒さに耐えられるだけの養分の蓄積が少なく多雪地帯では凍害を受けやすいためではないかと考えられる。枝、芽、花序、葉の裏面に黄褐色の毛がある。特に若木では主幹の駱駝色が目立つ。

葉は互生である。葉は紙質で薄く、長楕円形または倒長楕円形、先端は短く尖る。葉身には多数の並行脈が走る。葉縁には鋸歯がある。葉の裏面には褐色〜黄褐色の短毛が着生する。シデ類やナラ、クリ類などの並行脈が目立つ樹木の葉より数倍大型の葉であり、夏であれば葉でアワブキを識別することは容易である。しかし、春の発芽間もない時期は黄緑の透明感のある葉がカタバミの葉の様に葉が閉じた状態であり、クリと混同しやすい。

花は頂性である。枝の先端に大型の円錐花序を着生する。小花の花弁は蕾の時期はクリーム色であるが開花すると白色となる。花は5数性で花弁、雄しべ共に5個あるが、2枚の花弁は線状であるため花弁は3枚に見える。面白いことに雄しべは線状の花弁内側の2本だけがオレンジ色の葯を持つが、残りの3本は鱗片状に退化していて、まるで花弁と雄しべが少ない養分を分け合ってお互いの機能を確保しているようである。開花すると花序全体から甘い香りが漂う。

高山の植生調査を始めた頃に、ケヤキの大木の脇に未開花の花序を1花だけ着けたアワブキの古木を見つけた。ここ以外ではアワブキとの再会はなかったが、県南方面に登山に行く途中で偶然万冠の花を着けたアワブキに遭遇し、驚いた。これが、本来の花の時期のアワブキの姿であると納得するまでには更に10年を要することとなった。

ムラサキシキブ Callicarpa japonica シソ科ムラサキシキブ属

  コナラ林からミズナラ林にかけての比較的日当たりの良い林縁、林内に生育する落葉低木。伐採跡地や山火事跡地に形成された二次林に多く植生する。これは、ムラサキシキブの埋土種子は発芽能力を長く保持する性質を持つためと考えられる。冬芽はアワブキやクサギ、オオカメノキと同じく裸芽で、星状毛が密生する。

葉は対生である。葉は紙質で薄く、長楕円形で先端は細く流れ尖る。葉の基部も同様に緩やかに細く流れ、ごく短い葉柄に繋がる。葉縁は葉幅の最も広い中央部を中心に粗い鋸歯がある。葉の基部の葉縁は滑らかである。葉身には並行脈が走る。葉裏には淡黄色の腺点が多い。開花期のムラサキシキブの葉を観察すると所々で穴の開いた葉をよく見かける。これはイチモンジカメノコハムシというムラサキシキブを食草とする昆虫の仕業である。

花は腋性である。葉柄の脇から比較的長い花柄を伸ばしその先が2分岐し更に13花を単位とする花序群に分かれる。小花は合弁花で花冠の先端は4つに平開する。花冠は腺毛に被われている。雄しべは4本あり、先端に黄色の葯を着ける。花糸は透明感のある紫色である。雌しべ先端の柱頭は2つに分かれる。開花すると雄しべ、雌しべ共に花冠から長く突き出る。成熟した葯の先端は口が開き(孔開と言います)花粉を飛ばす。受粉を終えた柱頭はほんのりと黄色みを帯びる。紫色の花冠と花糸、黄色い葯そして長く伸びた白い雌しべが織りなす小花の姿は優雅で気品がある。ムラサキシキブの属名Callicarpaは美しい果実を意味するが、花も実に劣らず十分に美しい。

1997719日に高山で初めてムラサキシキブの花を見た。山岳で紫色をした花をもつ樹木に遭遇したのは初めてで、何かとても貴重なものを見つけた気持ちになったのを覚えている。秋の美しい果実はともかくとして、花の方はすっかりご無沙汰していた。ムラサキシキブはコナラ林に普通に植生する樹木であり、分布域は標高差で約600mに亘る。また樹単位としては開花期間が長いタイプであるので、その美しい花を堪能できる期間は長い。


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