吾妻・安達太良花紀行58 佐藤 守

シオガマギクPedicularis resupinata var. oppositifolia ハマウツボ科シオガマギク属)

 

 

ブナ林から偽高山の草地に植生する多年草。イネ科植物などの根の木部に寄生根を侵入させる半寄生植物。藤井紀行(熊本大学理学部) 氏の葉緑体DNA分析によると、東北地方のシオガマギクのDNAタイプは関東以西とは異なっている。また、中部山岳地帯から採取したトモエシオガマのDNAタイプとも一致しないことが明らかになっている。シオガマギクの変種であるトモエシオガマが鬼面山に植生するとの報告があるが、鬼面山にだけトモエシオガマが隔離分布するとは考えにくく、シオガマギクとした方が良いかもしれない。

葉は下部から上部に向かって対生から互生に変化するのが一般的だが、先端まで対生のままの個体もある。鬼面山ではこのタイプが多いようである。トモエシオガマの葉の着き方は互生である。シオガマギクの変種名oppositifoliaは「対生葉の」と言う意味であるのでシオガマギクとトモエシオガマの区別は葉の着き方が基準となると考えてよいだろう。葉形は三角状狭卵形形で先端は尖る。葉の表面は毛じの脱落痕が認められる。葉縁は重鋸歯がある。葉脈は主脈から深い側脈が平行に走る。

花は、頂腋性で総状花序を形成する。茎の先端に白い軟毛で被われた苞葉を数段対生し、その腋に2唇弁花を着生する。ガクは2裂し、花は基部からねじれて反転するため、唇弁の位置関係が逆転する。上唇は筒状で先端は湾曲し、鳥のくちばし状になり、先端から柱頭が除く。下唇は3裂し、中裂片が小さい。雄しべは4本で、2本が長い。花色は下唇が平開する前は全体に桃色であるが、下唇が平開すると上唇は紅紫色を呈する。鬼面山のシオガマギクには頂部だけに花序を形成し、花序の形態だけに着目すれば節間がつまり限りなくトモエシオガマに酷似する個体や株全体の各葉腋からトモエシオガマ状の花序を形成する個体が見られ、花の着生様式は多様で、花の形態でトモエシオガマと識別するのは無理があるように感じている。

よく観察すると鬼面山の個体は葉と花の着生様式が多様で、変幻自在の印象を持たせる不思議な植物である。

シラネニンジンTilingia ajanensis セリ科シラネニンジン属

 

吾妻・安達太良山域の日当たりの良い偽高山帯の草地や湿地および岩稜に植生する多年草。吾妻・安達太良山域に植生する多くのセリ科植物の中で、最も標高が高いところに分布する代表的な高山性植物である。しかし、イワカガミなどと比べてシラネニンジンはあまり注目されることの少ない植物ではないだろうか。

葉は互生。セリ科の葉は着生様式で根生葉と茎葉に分かれる。シラネニンジンの茎葉は3葉以内で、欠く個体も見られる。茎葉は2回羽状複葉で葉柄は赤味を帯びた鞘状を呈し茎を包む。根生葉は3回羽状複葉で全裂する。小葉裂片は不規則で葉身は無毛。裂片の幅は個体差がある。茎には稜があり白い細毛が着生する。

花は頂腋性で、直立した茎の先端やその下の茎葉部に複散形花序を形成する。小花の花弁は5枚、花色は白である。花弁の形は5枚とも同形である。雄しべは5個、葯は赤い。雄しべの葯の色はミヤマセンキュウなど他のセリ科の花より鮮明である。雌しべは合着型の2心皮性で基部には半円形にくびれた花盤を持つ。開花の際は、始めに花盤が現れ、雄しべの葯と花糸に花弁が押し広げられるようにして開花する。花弁の先端は開花後も内側に湾曲する。開花直前の花は、花弁の間から、赤い葯がのぞく。花心部の透明感のある花盤、それを囲む白い花弁と間からのぞく赤い葯で構成された五角形の姿は端整で美しい。また開花すると爽やかな芳香を放つ。私はこの香りを嗅ぐと何故か春の農村風景を連想する。

セリ科の花は雄ずい先熟性であり、花は開花中に雄性期から雌性期に相転換する。花は開花すると雄しべの葯は花粉を出して間もなく落脱する。葯が落脱すると、花盤の分岐部からそれぞれ1本づつ花柱が伸びる。

シラネニンジンの花には夏登山の度に何度も出会っているが、シラネセンキュウやシシウドなどの他のセリ科植物に比べて花、草丈ともに小型であることから控えめな花の印象をもっていた。最近、開花直前の小花の姿はセリ科の中で最も自己主張が強いことに気付いた。改めて自然は未発見に満ちていることを思い知った。


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