吾妻・安達太良花紀行57 佐藤 守

イワカガミ (Schizocodon soldanelloides イワウメ科イワカガミ属)

 

ブナ林から偽高山の礫地に植生する常緑多年草。木本植物とする解説もあるのでイワウメと中間的な性質を持っているのかもしれない。常緑であるが、冬になると陽光面が紫色に変色する。これは、冬季の低温と強光により葉の光合成機能が阻害をうけやすくなるので、葉にアントシアン系の色素を蓄積し、葉緑体に直接強い光が当たらないようにしているためである。日本に植生するイワウメ科の植物はイワウチワ属、イワカガミ属、イワウメ属の3属のみである。この中でイワカガミ属が最も植生域が広く、形態的な変化も多い。

葉は数枚の根生葉のみである。葉の形は円形〜円卵形で葉柄側は深く切れ込む。葉縁には尖った鋸歯がある。葉は厚みがあり、表面は光沢がある。葉脈は主脈から側脈がろっ骨状に分かれる。

花は、頂性。花柄の先端に総状花序を形成し、数個の漏斗状の花がうつむいた様に咲く。花冠は深い裂刻で5中裂し、更に先端が細く裂ける。雄しべは5本で、更に花冠のつけ根部分に仮雄しべが5本ある。この雄しべと仮雄しべの着き方はイワウチワと同じである。萼片も5枚で、花は5数性を示す。花の色は透明感のある桃色、花柄と萼片は茶褐色である。

イワカガミが群生する姿は花の色を反映して極めて華やかである。高山植物の人気者と言って良いだろう。登山を始めた頃は、イワカガミ=高山植物と刷り込まれていたのだが、森林植生に興味を持ち始めるとブナ林の上部あたりでもイワカガミを目にすることがあり、果たして、稜線に咲く種類と同じものなのかと疑問を持つようになった。高山型のコイワカガミという種類があることを知り、葉の形などを注意して観察してみたが、今のところ森林に咲くイワカガミと稜線の砂礫地に咲くタイプとの葉の形態の違いは確認できていない。一方、斜平山でオオイワカガミの群落に遭遇した際には、明らかにイワカガミとは異なる葉の特徴を認識できた。同年、飯豊山麓でもオオイワカガミの白花種を発見している。オオイワカガミとイワカガミの区別性は葉の形態と植生地で識別できるが、コイワカガミは認知できていない。今では、コイワカガミは植生地に順応した生態型ではないかとの結論に至っている。

コメバツガザクラ( Arcterica nana ツツジ科コメバツガザクラ属

吾妻・安達太良山域の偽高山帯の岩場や砂礫地に植生する常緑樹。樹林帯には植生せず、山域の限られた岩床にコロニー状に植生する。一属一種である。別名のハマザクラは高山の砂礫地を御浜と呼ぶことからつけられたと言う。岩場を走る細い茎の下部からは細根が発生する。茎は分岐して直立し葉を着生し、その先端に花序を形成する。種小名の「nana」は「小さい」という意味。

葉は本来、対生であるが、通常は3輪生する。葉形は長楕円形で肉厚。葉縁は鋸歯が無く、裏側に巻く。葉身の先端には黄色の腺体がある。中央を走る主脈は明瞭であるが、支脈は目立たない。裏面は淡い黄緑色である。

花は頂性で、葉と同様、3個のつぼ状の白い小花を咲かせる。条件がいいと3個の小花群が連なって咲く。花冠先端は5裂し、裂片は平開しない。裂片は浅く波状に縁どられている。雄しべは8個または10個である。葯は赤色で2本の角を持つのが特徴。萼片は5枚で赤味を帯びる。

コメバツガザクラの開花は融雪日からの気温の影響を受ける。融雪日を起点として開花までに要する5℃以上の有効積算温度はウラシマツツジと同様に最も少なく、日平均気温10℃の日が12日程度で開花するとの報告がある。開花までの低温要求性が少ないということは、温度変化に敏感であることを意味する。岩場に植生するコメバツガザクラの開花は、岩場の気温の影響を受けることになり、植生する岩の大きさや、方向、日差しや風当りなどによって、微妙に開花の時期が変化しやすいという事になる。

箕輪山は、山登りを始めた頃から、毎年必ず登りたくなる山である。1997年の6月に、思い立って箕輪山頂を目指した。その下山時に、山頂近い岩場に隠れるように咲く小さな花を見つけたのがコメバツガザクラとの最初の出会いであった。私は、子供の頃に見たジョルジュスーラの点描画に魅せられて以来、小さな個性の集合体で形作られる造形を見ると忘れられない習性がある。コメバツガザクラはそのような私の習性にぴったりとはまった。


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