吾妻・安達太良花紀行56 佐藤 守

ハナイカダ (Helwingia japonica var. japonica ハナイカダ科ハナイカダ属)

 

クリ−コナラ林からミズナラ林に植生する落葉広葉樹。樹の生態はアブラチャン等と同様で、叢状に樹が分岐し、林縁や沢沿いに植生する。雌雄異株。以前はミズキ科に分類されていたがDNA分析に基づく新しいAPG植物分類体系ではハナイカダ科として分離独立した。
葉は互生。葉の形は整った楕円形で先端は尾状に尖る。葉の縁は浅い鋸歯があり、その先端にはノギのような腺をつける。主脈は葉の中央部までは太く、中央から先は他の葉脈と同様の太さに戻る。葉柄は紫を帯び、天空側は窪む。葉の両面とも無毛で、葉の表側は光沢がある。
花は、腋性。花柄が葉の主脈と合着し、葉の中央部で花柄を2、3mm立ち上げその先に花を着生するため葉から、直接花が咲いているように見える。花弁は無く、ガクと生殖器官のみである。雌株は1輪の雌花を着け、ガクは緑黄色で4弁、雌しべの柱頭先端は3、4裂する。雄株は雄花を数個着生し、ガク片と雄しべは通常3数性を示す。
本格的に花の写真撮影を始めてから3年が経過した1998年のGW明けに、豊富な植生を持つ一帯として注目していた森を訪れた。撮影対象がカエデの花から、スミレに移り始めていた頃であったが、スミレの花の季節は終わり、春の林床や木々の花は、既に山登りを始めていた。その日は雨上がりで新緑がいつも以上に鮮やかな姿を見せていた。林縁の新緑を眺めながら散策していた私の眼にカキのヘタのようなものを真ん中に乗っけた葉が飛び込んできた。ハナイカダとの初対面であった。そのハナイカダは雌株で柱頭とガクが丁度見頃の一輪を葉に浮かべていた。その後、毎年その森を訪問しているが、それからはハナイカダには出会ったことがない。別の山域では、ハナイカダの雄株の群落に度々遭遇しているが、雌花を見たのはいまだに、その時だけである。まさに一期一会の花との出会いであった。「ヨメノナミダ」と言う別名がある。これはその昔、殿様から葉に実のなる木を探すよう命じられた嫁が、いくら探しても見つからず、流した一滴の涙が葉の真ん中に落ちて真珠の様に輝いたと言う故事が由来と言う。今年は、ハナイカダの雌花を見つけに出かけてみよう。嫁の苦労を味わうのも悪くはない。

アカシデ Carpinus laxiflora カバノキ科クマシデ属

 

クリ−コナラ林の丘陵や日当たりのよい沢筋に生える落葉高木。植生域は同属のクマシデ、イヌシデと重なり、混生する場合も見られるが、乾燥に対する順応性はクマシデ、アカシデ、イヌシデの順に高いようで、沢からの植生域はイヌシデが尾根沿いに多く、クマシデは沢筋を好む。アカシデはその中間の性質を持つ。またイヌシデは大木になるのに対し、アカシデは大木になることは少ない。樹皮、1年生枝、葉柄、冬芽、花の苞が赤味を帯びる。秋の葉もアカシデは紅葉で、クマシデは黄葉である。
葉は互生し、葉形は卵形で先は尖り縁に重鋸歯がある。葉身基部は、通常、窪まない。葉脈は9〜15対。葉はクマシデより葉身が短く、クマシデより小さい。新葉は赤味を呈する。イヌシデの葉は毛じが多いが、アカシデは少ない。
花は雌雄異花、雌雄同株である。穂状花序で葉の展開する前に花を咲かせる。がくや花びらに当たる花皮片は無い。開花期は同じ仲間のイヌシデより早い。雄花序と雌花序の位置関係は雌花序が先に着く「かかあ天下」型である。雄花序は腋性で前年の葉の葉腋から垂れ下がる。小花は苞の下に8〜10個の雄しべを持つ1花を着生する。雌花序は頂腋性で、雌花序を持つ冬芽は発芽すると葉と枝が現れ、その先に雌花序が着く。小花は苞の下に1花ずつ着生する。なお、クマシデは1つの苞に2花着生する。雌しべの柱頭は2つに分かれ、赤味を帯びる。また雌花の苞は長く先端は毛羽立つ。
雪解け間もない季節、吾妻・安達太良山麓ではカタクリ、イチゲ類、スミレ類などのスプリングエフェメラルが林床をにぎわす。この頃は、また、樹木の花もこれらの小さな花に負けじと美しさを競う。アカシデはその中でもクマシデ、イタヤカエデと並んで葉が出る前に樹冠全体に花を咲かせるので、遠くからでもほんのりと赤味を帯びた樹姿を見通すことができる。特に沢沿いでは、クマシデ、アカシデ、イタヤカエデが混生していることも多く、ヤナギ類の若葉も加わった風景は、吾妻・安達太良山系の隠れた絶景である。毎年、この季節がくるとこの地で生活する幸福感と新たな一歩を踏み出す勇気に満たされる。


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