吾妻・安達太良花紀行55 佐藤 守

ダイモンジソウ Saxifraga fortunei var.incisolobata ユキノシタ科ユキノシタ属)

 

ブナ林の沢辺や岩崖に植生する多年草。分布域は広く、吾妻・安達太良連峰に植生する同属のフキユキノシタ、クロクモソウとは対照的である。変種名は浅く切れ込んだ裂け目の意味で、水辺の岩壁の割れ目を縫うように根を張ることを表している。根は分岐しない。別名をイワブキという。これは植生地と葉の形状からつけられた。山野草として山採りされることが多く、自生地の消滅が懸念される。種子で繁殖する。
葉は根生葉のみで、長い葉柄を延ばす。葉は肉質で水気が多い。葉形は、腎円形で葉幅の方が葉長より長い。葉の基部はハート状、掌状葉で5〜17に浅く裂ける。裂片の先端は、粗い鋸歯がある。葉の形状には、変異が多い。葉身には粗い毛がある。高山型のミヤマダイモンジソウの葉は毛がない。葉の裏側は、白色か紫色を帯びている。
花は、根生葉の間から長い花柄を伸ばし、円錐状に分岐し小花を着生する。花柄には点状の腺毛がある。ガク片、花弁は5枚で、上部の3弁が短く、下の2弁は長い。下部の弁は片方が特に長い場合がある。雄しべは10本で葯は赤い。雌しべは2心皮性で2本の花柱を持つ。
2010年夏、観察会の下見で和重さんと的場川を遡行した。遡行は高山スキー場反対運動当時以来であった。当時は,1985年の8.5大水害から2年が経過していたが、F1を超えると、沢床は流木が散乱し、累々とした岩塊と土砂に埋もれ、沢水は伏流水となっていた。自然のエネルギーのすさまじさに圧倒された記憶がいまだに消えていない。出会いからF1までは岩塊を縫うような沢が続き、その当時と変わらない光景が広がっていた。F1は、直登した記憶があったが、足回りはウエディングシューズから長靴に変わり、20数年の月日の経過により、バランス感覚も低下しており、今回は右岸を高巻することとなった。急傾斜を、樹木を頼りにトラバースして降りた滝上部は、記憶に反してダイモンジソウの大群落で飾られた美しい滑床となっていた。その群落から上部の的場川は流木も土砂も既になく、静かな水の流れが続き、自然の治癒力の大きさを実感しながらの遡行となった。遡行を途中で切り上げ、再び眺めたダイモンジソウ大群落は自然の治癒力を象徴しているように映った。

カニコウモリ( Parasenecio adenostyloides キク科コウモリソウ属

 

亜高山針葉樹林の林床に植生する多年草。日本固有種。安達太良山では確認されていない。吾妻・安達太良連峰に植生する同属の植物にはオオカニコウモリ、イヌドウナ、モミジガサ、タマブキがある。オオカニコウモリはブナ林の沢沿い、モミジガサ、イヌドウナはブナ林下部、タマブキはミズナラ林の湿った林床に植生する。
葉は互生で、通常3枚着生する。下部の葉は大きく、葉柄が長い。葉形はカニの甲羅に似た形状で、中央の鋸歯が尖るように突き出ており、左右を不規則だがリズミカルな鋸歯が縁どっている。葉の基部はハート状にくぼむ。葉の色は明るい緑で、葉身は無毛、葉脈が多角形の網目状に走る。葉柄は茎を抱かない。オオカニコウモリは葉裏に屈毛が着生する。
花は頂性、茎の先に大型の円錐花序を形成し、花茎の片側に総状に小花を着生する。花茎は濃い赤紫に染まり、黄色の屈毛が着生する。総苞は筒状で、総苞片は3個。小花は筒状花で両性花である。花色は白。花冠の先端は深く5裂し反転する。柱頭の周りに赤紫色の雄しべの葯が5本着生する。開花すると雌しべは白い柱頭を延ばし、円を描くように2裂する。先端がカール状に飾られた花冠から長く突き出た純白の柱頭の姿が愛らしい。
オオシラビソ林は、林床が暗いためか、大型の花は少ない。オオシラビソ林で群落を形成する大型の草種としてはヒロハユキザサとカニコウモリぐらいではないかと思われる。カニコウモリはヒロハユキザサより更に光条件が悪く、湿ったところで群落を形成していることが多い。これはカニコウモリの葉がごく弱い光でも効率的に光合成を行う能力を持っていること。林床に繁茂するコケが種子の芽生えの生存率を高めていることなどが関係しているらしい。林間を縫うように流れるわずかな風を受けて、小さく繊細な花が点々と揺れる様は、鬱蒼としたオオシラビソ林の中でもたげる不安な気持ちを和らげてくれる。先を急いで素通りすることが、申し訳なく、花の表情をそっと覗いてみると、一つとして同じ姿はなく、美が連鎖するとめどない世界に落ち込むような感覚にとらわれる。


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