吾妻・安達太良花紀行53 佐藤 守

ウスバスミレ (Viola blandaeformis スミレン科スミレ属

 

亜高山帯の針葉樹林に植生する多年草。スミレ類の中では最も標高の高い山域に生育する高山性スミレで日本固有種。スミレサイシン、ミヤマスミレ同様に地上茎の無いスミレ類に属する。吾妻連峰では山頂部付近で多くみられるが、安達太良連峰では今のところ植生が認められていない。種小名は「blanda種の形をした」と言う意味。blanda種は北アメリカ東部産の香りのある白花種で、葉と花の姿が似ている。
  葉の表面は無毛で滑らか。裏面は光沢がある。葉形は円で先端は尖らない。周縁部は浅い切れ込みが入り、その切れ込みがフリル状に折り重なる。葉の基部は襟状に立ち上がる。葉色は明るい緑色を呈し、端整な葉形と相まって葉群の姿は爽快で、その景観は観葉植物に匹敵する。葉質は薄く、柔和で繊細な印象があり、これが名前の由来となっている。

花は小型で側弁基部の毛は無い。花色は純白で唇弁に紫の条線が入る。距も花弁と同色で短い。雌しべの花柱先端はふくらみが少なく下に曲がる。花はツボスミレに似るが、ツボスミレと比べて唇弁の条線は分岐が少なく単純で数も少ない。また距はツボスミレより立ち気味である。開花時のウスバスミレの姿は余計な装飾を捨て、白を際立たせた簡素な花とリズミカルな曲線に縁どられた葉のバランスが絶妙である。

数か年に亘って高山の植生調査に集中した時期があった。基本的な植物リストが整い、希少種を確認する踏査を繰り返していた夏のある日、未確認であった高山のヤエハクサンシャクナゲの自生地を特定しようと高山に登った。急坂も一段落し、ほどなく頂上にたどり着くかと安堵した視線の先に、白い花が目に留まった。ウスバスミレであった。その頃の私の認識では、ウスバスミレは東吾妻や西吾妻に植生しているものとの思い込みがあったので発見の喜びは格別であった。以来、何度かウスバスミレを確認しているが、葉と花の美しさで、初見時のウスバスミレを超える株にはまだ出会っていない。その日は首尾よく、目的のヤエハクサンシャクナゲも確認することができた。

キバナノコマノツメViola biflora スミレ科スミレ属


(photo by 小幡仁子) 

ウスバスミレと並ぶ高山性のスミレ。分布域はウスバスミレと異なり、草地や砂礫地、沢沿い等に植生する。ウスバスミレ同様、安達太良連峰では見られない。吾妻連峰ではウスバスミレより植生域が限られ、谷地平を境界として西吾妻連峰に分布する。種小名は、「bi(2)+flora(花)」で、2つの花を意味する。欧米名も「twoflower violet」である。キバナノコマノツメの根茎から伸びた葉茎には2輪着生することに由来すると思われる。

葉は有毛で、薄く光沢はない。葉形は団扇をつぶしたような腎円形で葉の基部は心形で、折り重なるように巻き込む。葉縁には波状の鋸歯がある。葉の形が牛の蹄に似ていることが名前の由来。スミレの名がつかない唯一のスミレ(交雑種にムラサキコマノツメがある)で、それほどに葉の形が群を抜いてユニークであることを示している。地上茎を有し、条件が良いところでは大株になる。

花は腋性で匍匐する地上茎の葉腋から花柄を伸ばして1輪の花を着生する。花弁は側弁が上弁に重なるようにめくれ上がり、大きい唇弁を際立たせている。唇弁は下部が膨らみ先端はやや尖る。唇弁には紫がかった褐色の条線が平脈する。条線はあまり分岐しない。側弁基部は無毛である。雌しべの花柱先端は二つに分岐する。

キバナノコマノツメを初めて見たのは飯豊山であった。他のスミレ類とは明確に異なる独特の外観をしていることと併せて、飯豊山の雄大な山容と草原が重なり、本種は孤高のスミレの印象が強い。梅雨の晴れ間となった休日に、納涼と植生調査を兼ねて谷地平の沢を遡行した。沢とは言え、支沢の出合は開けており、初夏の強い日差しが残雪の留まる沢辺を照りつけていた。イワナシの花は盛りを過ぎ、ミヤマカタバミとともにミヤマスミレやオオタチツボスミレが見頃の季節を迎えていた。沢の中州で流木の間から黄色いスミレがのぞいているのを見つけた。その時が吾妻でのキバナノコマノツメとの初見であった。発見の喜びと同時に、飯豊の草原に咲く孤高のスミレが日照条件に恵まれない沢筋に咲いていることに意外な思いがした。分布域がミヤマスミレと重なっていることも新たな発見であった。


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