吾妻・安達太良花紀行52 佐藤 守

ニリンソウ (Anemone flaccida キンポウゲ科イチリンソウ属

 

 

コナラ林からミズナラ林にかけての沢周辺の湿った林床に植生する多年草。スプリングエフェメラルの代表的な植物である。吾妻・安達太良連峰では植生域が里山から雪深い深山に及ぶことから花は4月初めから5月までの長期間にわたって観察することができる。種小名は柔らかく、ぐにゃぐにゃしていることを意味する。

葉は、根生葉と花茎の途中にある総苞葉の2種類ある。雪解けと同時に地下茎の先端から直接、根生葉を伸ばす。根生葉は3裂し、両側の裂片は更に深い2裂片に分かれる。

花は地下茎から直接、花茎を伸ばし、途中の輪生する柄の無い3枚の総苞葉の中心から発生した2つの花茎の先に1輪づつ花を着生する。総苞葉が発生る花が2輪が多いのでニリンソウと命名されたが、着花数は1〜4花の変異がある。花弁はなく白い花弁にみえるものはがくが変異したもの。がく片の裏側が赤いものや開花後しばらくは赤みが残る個体もある。雄しべは多数あり、雌しべは10個程度ある。総苞葉の中心から発生する2本の花茎は同時に成長することはなく、片方が遅れて伸長する。これはハナアブが花を訪れる期間を長くして受粉のチャンスを多く確保するための戦略である。

ニリンソウはキンポウゲ科の中では珍しく毒はなく、山菜として利用されるが、植生域がオクトリカブトと重なるため、混生することも珍しくない。オクトリカブトとは一見して葉の形状が似ている。オクトリカブトの葉は表面に白い斑点がなく、裏面は紫を帯びていることが見分ける手掛かりになる。

地下茎と種子で繁殖するが、地下茎の発達が良いことから大群落を形成しやすい。里ではウワミズザクラが咲き始め、奥山では雪解け水によりせせらぎの響きが高まる頃に、芽吹きを求めて、高山山麓を訪れた際に、沢の源頭部付近で、ニリンソウの大群落に遭遇した。ケヤキが混じるミズナラ林の林床は、ニリンソウ独特の緑葉と白い花で埋め尽くされていた。ニリンソウは沢が似合うと思うが、山の凹地など湿気のたまりやすいところでも良く見られる。

サンカヨウ(Diphylleia grayi メギ科サンカヨウ属

ブナ林からオオシラビソ林の湿った凹地や沢沿いに植生する多年草。通常はササの植生が途切れ、雪が遅くまで残る場所でコロニー状に小群落を形成する。地下茎から直接直立した茎を伸ばす姿はフキのようでもある。雪解けと同時に急速に茎を伸長させる。属名はギリシャ語に由来し、「dis(2)+phyllon(葉)」で、2葉を有するものを意味し、1本の茎に2枚の葉がつくことから名づけられた。吾妻・安達太良連峰に自生するメギ科の植物にはルイヨウボタン、イカリソウがあり、いずれも花の形が個性的である。メギ科の花は2種類のがく片を持つものがあり、外側から外がく片、内がく片と呼ぶ。

葉は互生で、茎の先端に偏円形の大きな葉を2枚着生する。中央部の先端側と基部側の深い裂刻が葉を左右に分ける。葉縁は不ぞろいで粗い鋸歯がある。下位の葉は大形で有柄であり、葉柄は葉の中央より茎側に着生する。これがハスの葉に似ていることから山の荷葉(ハス)とされたとする説がある。上位の葉は小さく葉柄は無い。葉と茎に短くちぢれた毛がある。

花は頂性で茎の先端から花茎を伸ばし集散花序を形成する。外観上は上位の葉に花序が乗っかっているように見える。がく片(外がく片)と花弁(内がく片)は6個、雄しべが6本で3数性を示す。双子葉植物で3数性を示す花は珍しい。がく片は開花後まもなく落下する。花の中央に緑色の太い雌しべがあり、雌しべ先端の柱頭は3裂し、半透明の花弁状を呈する。雄しべは花糸の先に楕円形の葯室を着ける。その両側にオレンジ色の線状のふたがあり、開葯時にはこのふたがまくれあがって穴があき花粉を飛ばす。これは弁開葯と呼ばれる。開花は開葉と同時期で、1花の寿命は極めて短い。開花間もない花は淡い芳香がある。

サンカヨウの果実は液果であり、夏の終わり頃になると瑠璃色に着色し、白い果粉をまとい成熟する。果実は数個の大きな種子を持つ。

開花したサンカヨウの姿は明緑色の大きな葉のマントを羽織ったような花群のたたずまいが気品を感じさせる。深みのある白い花弁の中を覗くと緑色の雌しべとオレンジ色の葯とのコントラストが清涼感を誘い、清楚。やがて開葯した雄しべがコミカルに踊るイメージを添える。散り際には、半透明の解けかかった花弁が怪しげな光彩を放つ。


 花紀行目次へ