吾妻・安達太良花紀行49 佐藤 守

ツバメオモト(Clintonia udensis ユリ科ツバメオモト属)

 

 

ブナ林から亜高山帯の林床に植生する多年草。6種あるツバメオモト属の中で日本に植生するのは本種のみである。ツバメオモト属はタイガ(北方寒地性針葉樹林)の代表的な林床植物であり、ツバメオモトは北方から南下した遺存植物とされている。吾妻・安達太良山域ではブナ帯まで降りてコロニー状に小群落を形成している。なお、学名はロシアのウダ川地方で生まれたアメリカの政治家クリントンと読み取れて面白い。

葉は根生葉のみで数枚の大型で、倒卵状楕円形の葉が地上茎の周りに束生する。葉の先端は尖る。葉色は花の季節は明るい鮮緑色で光沢があり、葉身には平行脈が走る。ツバメオモトの英名bear tongue(熊の舌の意)は葉の形状に由来すると思われる。

花は頂生であり、根生葉の中心から伸びた花茎の先端に短い総状花序を形成し、両性花を着生する。花の構造は3数性である。小花の花冠の色は新雪のような白色で、6枚の花被片に分かれる。これは各3枚の外花被と内花被で構成されている。雄しべは6個で花被片と1対になっている。雌しべの花柱は白く、先端は3裂する。花茎は落花後に再伸長する。交配特性は自家和合性であるが、虫媒による他殖により遺伝的多様性を確保している。果実は瑠璃色の液果で美しい。ツバメオモトの英名の別名bluebead(青い数珠玉の意)は果実を表したものと思われる。

種子からの芽生えは葉が1枚でそのまま数年を過ごしたあと、葉を増やして花を咲かせるための養分を蓄える。このような生活様式はカタクリを思わせる。しかしカタクリのように大群落を形成することはなく、低木層や草本層の少ない薄暗い林床で、ひっそりと生活を営んでいる様は、祖先が生まれた故郷の生活環境を記憶しているようにも思える。そのせいか、ツバメオモトに出会うときはいつも突然のイメージが強い。大型の葉を背景に、白い花を集めたたたずまいは、安易な修飾語を許さない気品を感じさせる。

ツルアリドオシMitchella undulata  アカネ科ツルアリドオシ属)

ミズナラ林からブナ林の湿った林床に植生する常緑性多年草。地表面をほふく茎が分岐しながら走り、節から根を伸ばし群落を形成する。

葉は対生。葉形は卵形で先端は尖る。革質で光沢があり、葉縁に波状の鋸歯がある。種小名はこの葉縁に拠ったものと思われる。

花は頂生でほふく茎から分岐し立ち上がった茎の先端に2つの合弁花を咲かせる。花の構造は4数性である。花冠はストローの先を4片に裂いたような形状でその内側には真綿の様な毛が密生する。雄しべは4個である。雌しべの柱頭も4裂する。イワイチョウやヒナザクラと同じ二型花柱性植物であり、短花柱花では裂片から雄しべがのぞき、長花柱花では花冠から花柱が長く突き出た花を咲かせる。

2個の合弁花の基部は合着したガク筒に包まれる。子房はその下にあり、次第に合着して1個の赤い果実となる。この性質はクロミノウグイスカグラと同じである。果実の先端には4片のガク片の痕跡が2つ残る。この果実は花托が肥大したので偽果と呼ばれる。果実は核果(石果)で中には4個の核がある。モモの様に核の中に種子が1個入っている。ツルアリドオシはほふく茎による栄養繁殖で優良個体を効率的に増殖しながら、種子繁殖では二型花柱性による遺伝的多様性と鳥類等の食餌行為による移動性の確保というしたたかな繁殖戦略により大群落の形成を可能にしているのかもしれない。

名の由来は外観がアカネ科の樹木アリドオシ(イチリョウ)に似ていることによるが、ツルアリドオシにはアリドオシの名の由来となった肝心の棘がないのでアリドオシが植生しない東北ではアリドオシランと併せ、謎めいた名を持つ植物として受け止められる。植物の命名にあたってはもう少し工夫してほしかったと思う。

ツルアリドオシの花が咲く頃は、ブナの葉が林冠を被い、わずかな点光が林床を照らす。揺らぐ木漏れ日とツルアリドオシの柔らかな花の雰囲気が安らぎを誘い、岳人は山登りの終着点を変更したい衝動に駆られる。


 花紀行目次へ