吾妻・安達太良花紀行45 佐藤 守

ミヤマキンバイ(Potentilla matsumurae バラ科キジムシロ属)

   

亜高山帯から高山帯の岩場や湿った礫地を中心に植生する多年草。同属のイワキンバイも山岳の岩場に植生するので紛らわしいが、吾妻・安達太良連峰に特定すると、植生が確認されているのは、ミヤマキンバイは吾妻連峰のみ、イワキンバイは安達太良連峰のみでいずれも植生地は限定的で、貴重種である。ミヤマキンバイはアジア要素の高山植物であり、植生適正はイワキンバイの方が低山性である。

葉は、根生葉と茎葉に分かれる。根生葉は葉柄が長く先端に3小葉性の複葉を着生する。茎葉は互生で3小葉性である。葉柄と茎ともに有毛。3小葉は粗い単鋸歯をもち、葉脈上に伏毛がある。イワキンバイは根生葉に1対の小葉が着き、3小葉の鋸歯は鋭く、葉裏は白い点でミヤマキンバイと異なる。

茎の先端部の茎葉の脇から花柄を伸ばしその先端に1輪の花を咲かせる。花は、それぞれ5片のがく片、副がく片、花弁で構成される。がく片の先端は尖り、副がく片の先端は丸い。花弁は丸い倒卵形で中央部が窪む。また花弁の色は鮮やかな黄色地に基部から中間部にかけてオレンジ色の絞り模様が入り、美しい。20個の雄しべが中央部の多くの心皮からなる雌しべを囲む。花は雌雄異熟性で先に雌しべが成熟し、雄しべは後から成熟する。ヤナギランやウメバチソウなども雌雄異熟性であるが、こちらは雄しべの方が先に成熟する。イワキンバイはオレンジ色の紋様がなく、花は集散花序を形成し、ミヤマキンバイより花が多く、傾斜地では花序が下垂して咲く。また、ミヤマキンバイは複数の株が根茎で連なるが、イワキンバイの株は独立している。

ミヤマキンバイは吾妻連峰より北方の飯豊山、南方の磐梯山には大群落が形成されているのに対してその間にある吾妻連峰では、植生規模は極めて小さいことは興味深い。吾妻連峰でミヤマキンバイに遭遇したのは最近のこと。それまでは、存在しないと思い込んでいた。吾妻連峰の植生の奥深さを改めて実感している。

ミヤマヤナギ(Salix reinii  ヤナギ科ヤナギ属

 

別名ミネヤナギ。森林限界移行帯の構成樹であり、ヤナギ類では最も高山に分布する。湿地を好むヤナギ類が多い中で本種は乾いた砂礫地に多く植生する。吾妻・安達太良連峰では季節風にさらされる山頂効果の顕著で岩の多い尾根や崩壊地などで群落を形成している。霜蝕作用の激しい一切経の構造土(氷河ができる程の厳しい気候条件でのみ形成するとされている)でも侵入が認められていて、極めて生命力の強い樹木である。

葉は互生で長さ5、6cm、幅2、3cmの倒卵形から楕円形で先端部が幅広い。葉縁は内曲し鋸歯を持つ。葉裏は粉白色である。

雌雄異株で花の長さは2〜6cmぐらいになり、花弁にあたる花被は退化している。雄花は2本のおしべと1個の腺体(蜜の入った器官)を単位として密生し、穂を形成する。おしべの葯は始め黄色味を帯びたオレンジ色であるが、葯が開くと黄色になる。雌花は1個の雌しべと1個の腺体を単位として穂を形成する。開花期は5月上旬で他の植物に先んじて咲く。開花と葉の展開は同時期である。虫媒花であるが、この時期に活動する昆虫は極めて少ない。果実はさく果で種子がはじけて綿毛に覆われる。風の強いところでは匍匐して群落を形成する。

高山の山頂では群落が形成されつつあり、開花期には雄株と雌株による個性的な美の競演が観察できる。この山頂は本来オオシラビソとシラビソに被われた樹林帯であった。今から30年以上前に反射板設置に伴う伐採による生態系の撹乱が起こった。遷移の時間軸は、オオシラビソ林が形成される以前の母岩がむき出しの状態に遡った。山頂効果による厳しい環境にさらされる中で、ようやくミネヤナギの種が根づいた。これは、草地帯を経て森林再生への遷移が始まったことの証でもあるが、反射板の機能維持のために人為的な管理が入るのだろう。


 花紀行目次へ