吾妻・安達太良花紀行44 佐藤 守

キンコウカ(Narthecium asiaticum ユリ科キンコウカ属)

   

亜高山帯から高山帯の湿原を中心に群生する多年草。茂庭山塊のブナ帯上部の沢沿いの湿地でも植生が認められる。日本固有種である。DNA解析に基づくAPG植物分類体系ではユリ科から独立して、ヤマノイモ目のキンコウカ科として分類され、また、牛など動物に対して腎毒性を持つ物質を含むことが確認されるなど、近年、新たな特性が明らかにされつつある植物である。

葉は、根生葉で、アヤメの葉を小さくしたような先が尖った剣状の形をしている。基部は鞘状となって重なる。この葉は、見かけ上、中脈から折りたたまれて裏側(の性質しかもたない葉面)だけが見える状態になった単面葉である。最近、単面葉はもともと裏側の性質をきめる遺伝子しか働かないために形成されることが解明された。

花は、花茎を伸ばし、その先に総状花序を形成し1020個の小花を着生する。小花は花被片6片、雄しべ6本、花柱(雌しべ)1個で構成される。雄しべの花糸には綿のような黄色い軟毛が密生し、その先に赤みを帯びたオレンジ色の短棒状の葯が着生する。花は下から上に向かって咲き上がる。開花すると花被片は黄金色を帯びて反転する。黄緑白の花柱を軸とした雄しべと花被片の配置の絶妙なバランスが、花火を彷彿とさせ、美しい。

名前は黄金色に光り輝く花の色に由来するというが、この花を覚えた頃は、そのイメージが単純明快で、高山とは言えない茂庭山塊の沢源頭部の滝口周辺でこの花に遭遇した時は、意外性に驚いたこともあり、一段とまぶしく見えた記憶がある。その後のたび重なる山行で、キンコウカは、集合花としてのシルエットが記憶に刷り込まれていった。しかし、2009年の夏に西和賀を訪れた際に、沢沿いで咲いていたキンコウカに向けたマクロレンズの奥では、華やかな小花が夏祭りのようににぎわっていた。そして、長い間、気づかなかったこの花の本当の美しさを発見した新鮮な感激にしばらくの間浸っていた。

フキユキノシタ(Saxifraga japonica ユキノシタ科ユキノシタ属)

 

ブナ林の渓谷沿いの岩場や礫地、滝つぼ側壁に生育する多年草。適応性が狭いのか植生地が極めて限定される植物で安達太良山系には植生しない。吾妻連峰に自生するユキノシタ属の植物はダイモンジソウ、クロクモソウとあわせて3種のみであるが、その中で、フキユキノシタの花が最も小さく目立たない。

葉は長い葉柄を持つ根生葉の他に花茎に着生する互生葉がある。根生葉はほぼ円形で葉縁には不規則な尖った鋸歯がある。基部はハート型に窪む。命名はこの根生葉をフキに見立てた。

花は、花茎を伸ばし、その先に円錐状の集散花序を形成し多くの小花を着生する。小花は、がく片と花弁が5枚、雄しべ10本、2心皮性を示す2個の花柱(雌しべ)で構成される。花柄とがく片、そして葯の色は赤紫でクロクモソウやヒメアオキの花の色に似る。花弁は白であるが基部に黄緑色の斑点が2個ある。斑点の形は米粒形、ひし形、四角形と不揃いであるが、この斑点がいいアクセントとなって端正な花の作りでありながら愛らしさを醸し出している。花序茎や花柄には白い縮れ毛が着生する。

フキユキノシタは高山中腹にある名瀑の周辺で大群落を形成しているが、自生地は切り立った岩壁や急斜面であり、また、瀑水が引き起こす渓谷風もたびたびで、フキユキノシタを間近で観察し、撮影できる機会はないだろうとあきらめていた。しかし、思わぬところで開花し始めたフキユキノシタに遭遇した。群生地で遠くから眺めていた花は小さい印象であったが、開花した花を間近で見ると意外と大きく、初見でフキユキノシタと特定することにためらいを感じた。その翌日、間を入れずして再訪を促す事情に恵まれた。一期二会と言うわけである。


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