吾妻・安達太良花紀行42 佐藤 守

ハウチワカエデ(Acer japonicum Thunbergカエデ科カエデ属)

 
 

ブナ林に生育する落葉広葉樹。日本を代表する日本固有種のカエデであり、イタヤカエデ同様、日本のカエデを意味する学名がつけられている。しかし、この両種の生態的特性は花の色、枝の伸び方、樹形、植生環境等、多くの点で対照的である。

葉は対生で、掌状脈を中心に711個に裂ける。裂片は奇数が普通で吾妻・安達太良周辺では9裂するタイプが多いようである。掌状裂の深さは各掌状脈の先端1/3程度ぐらいでヤマモミジと比べると浅い。裂片の先端はあまりとがらない。各片の周縁は重鋸歯がある。葉全体の形は大型で丸い印象である。発芽間もない頃は葉全体が白い毛じで被われる。

雌雄同株(雄性同株)で同じ株に雄花と両性花が混在する。花は暗紅紫色の円錐花序で頂芽に咲く。花弁とがく片は5枚。雄しべは8本である。小花は紅色の大きながく片とその内側の桃色を帯びたひ弱な花弁の色調が絶妙で美しい。両性花では白い花柱が伸びその先が2裂する。吾妻・安達太良山域での開花期は4月下旬から5月初旬でカジカエデよりやや早い。葉の展葉と開花が同時で花は葉の下に隠れるように咲く。

イロハモミジの近縁種とされ、コハウチワカエデ、オオモミジ、オオイタヤメイゲツ、ヤマモミジなどがこのグループに属する。ハウチワカエデは日本海側型、コハウチワカエデは太平洋側型とされているが、吾妻・安達太良山域では両種が植生する。なおオオイタヤメイゲツは葉形がハウチワカエデに酷似するが、ハウチワカエデの葉柄長は葉身の1/2以下、オオイタヤメイゲツは葉身の1/2以上とされる。吾妻・安達太良山域ではオオイタヤメイゲツには、まだ遭遇したことがない。

ハウチワカエデは枝が仮軸分枝拡大型といわれる枝の伸び方をするので冬芽は枝の先端に2個着生する。イタヤカエデは枝の伸び方は単軸分枝伸長型に分類され、枝の先端の冬芽は大型の頂芽1個とその両側に小さな腋芽2個で構成される。ハウチワカエデは弱い光を効果的に利用することができ、ブナ林ではブナの壮木の周辺で寄り添うように植生する姿が良く見られる。

ツクバネソウ(Paris tetraphylla ユリ科ツクバネソウ属

 

ミズナラ林からブナ林にかけて生育する多年草。日本のツクバネソウ属はクルマバツクバネソウ、キヌガサソウとあわせて3種のみである。その内、植生域の標高はツクバネソウが最も低い。なお、クルマバツクバネソウは吾妻・安達太良山域には植生せず、キヌガサソウは安達太良山には植生しない。

ツクバネソウの学名(属名が「同じ」、種小名が「4葉」を意味する)が示すように、地上部の植物体の器官が4の倍数で構成されており、3数性が特徴的なユリ科の中では特異的である。

葉は茎の先端に4枚の葉を輪生する。葉形は長楕円形で先端は尖る。葉の縁は全縁で鋸歯はない。ユリ科独特の葉身に沿った平行脈に加え、中央脈から斜めに葉脈が走り、ユリ科ではない葉の印象である。

輪生する葉の中心から花柄を伸ばし、花を1輪着生する。ガクに相当する外花披は緑色で葉と同じ4片である。しかし、花弁に相当する内花披はなく、外花披の中心部から8本の雄しべが伸びる。雌しべは短い花柱の先に柱頭が4裂する。柱頭は長く、赤から黄色に変化する。雄しべの花糸は花後に赤い弁状に発達し、その上に、黒くつぶれたような扁円形の果実を1個、結実させる。果実は嘔吐、下痢を引き起こす成分を含む。

初夏の頃、高山ではミズナラ林からブナ林にかけてエンレイソウとツクバネソウの群落が目立つ。エンレイソウ属とツクバネソウ属は遺伝的に近縁とされているが、ツクバネソウの花はエンレイソウよりも更に、質素で小さく目立たない。しかし、ツクバネソウの花をルーペで見ると外花披と雄しべ、雌しべの配置のバランスは味わいがある。登山を始めた頃より、馴染みの植物であったが、その花の美しさに気づいたのはいい年になってからである。年齢と経験を重ねることによって磨かれる感性もあるということだろうか。


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