奥羽山脈花回廊(18)女沼・男沼・仁田沼周辺

                                   高橋 淳一

野山や自然を愛する人々には、それぞれ原点と言える場所が必ずあるのではないだろうか。私にとっては中学一年の春、初めて訪れたこの地がそうである。新緑の頃、観光地でもある土湯温泉からの砂利道を女沼、思いの滝と廻った時の感動を、今でも鮮明に記憶しているが、それは、子供だった自分にとって非日常的な風景や雰囲気を徒歩という行為によって無意識のうちに心に刻んでいたからに他ならない。あれから30数年の歳月が経過した。二度に及ぶスキー場開発計画も幸い中止となり、集落への道路が舗装された以外はほとんど変わない自然の姿は他の多くの観光地と比較した場合、奇跡的と言える。

(コースガイド)

湯治場として栄えた土湯温泉も今では近代的なホテルが立ち並ぶ観光地となった。しかし、温泉街を離れれば豊かな自然が随所に残っている。温泉街から車で10分余り入れば女沼開拓地に至り、ここがコースの出発点でもある。駐車場は仁田沼入口、つつじ山公園、女沼湖畔にそれぞれ整備されているが、トイレも設置され駐車スペースも広い仁田沼が一番便利である。仁田沼駐車場からは複数のコースが整備されているが、ここでは、女沼から仁田沼、男沼を周遊し再び仁田沼駐車場に戻るコースを紹介する。

駐車場から東に延びる砂利道を進めば200mほどで女沼に続く舗装道路となり左折する。開拓により時代を担った耕地も産業構造の変化に伴ない荒地が見られるようになったが、市街地に近いこの地はまだ生活の臭いが感じられる。間もなく右手につつじ山公園の看板を見る。小高い丘にヤマツツジ、ユキヤナギなどを植栽した場所だが、5月中旬頃にはヤマツツジの鮮やかな紅色の花が見頃となり、残雪を抱いた吾妻、安達太良連峰そして細波をたてる女沼とのコントラストがすばらしい。道はここから一旦下りとなり女沼に至る。車道を外れ、岸辺沿いの登山道に入れば春の頃、カタクリ、スミレ類が見られるほか、季節に合わせマンサク、ヤマツツジ、ヤマボウシ、エゴノキ、カエデ類など樹木の花を楽しむことが出来る。また、塩の川からの水路出口周辺では、ニリンソウ、ヒトリシズカ、ヤマエンゴサクなどが陽光を奪い合うように咲き競っている。そして配電線直下の幅の広い道を300mほど進めば思いの滝の展望地に着く。道沿いにはカタクリなどとともに枝先に黄色い花を多数つけるキブシが散見されるほか、林内にはカスミザクラも見ることが出来る。

展望地からの眺めは新緑、紅葉の頃がすばらしく、自然美を堪能することのできる場所で絶好の休憩ポイントである。ここからルートはスギやアカマツ植林地を経て仁田沼に向う。植林地は殺風景だが、途中に残る雑木林の林縁そして谷間にはショウジョウバカマ、ニリンソウ、スミレ類、キクザキイチゲ、バイケイソウがひっそりと咲いている。40分余りで仁田沼に至るが、ここは沼というよりは湿原と呼ぶほうがふさわしい。多くのハイカーが訪れる春のミズバショウは4月下旬から見頃となるが、湿原周辺の林内に咲くカタクリ、チゴユリ、キクザキイチゲ、ミヤマエンレイソウなどが美しさを一層引き立てている。また、その後に見られるミツガシワやコバノギボウシの群落は周回路沿いのズミやエゾアジサイなどの樹木の花とともに見ごたえがあり、夏の終わりにはツリフネソウやフシグロセンノウ、ナンブアザミが彩りをそえている。

仁田沼からは駐車場に戻る道を数10mほど進み右折する。林内には、カタクリなどの草本類のほかに清楚な白花のムシカリやミヤマガマズミが見られるほか秋口にはヤマジノホトトギスも散見される。緩やかな傾斜の道を進めばやがてアカマツの植林地となるが15分ほどで大木が現れ男沼に至る。そそまま右に進めば周回路となり、間もなく唯一の水場がある。水量は豊富で年間を通して枯れることはないので昼食場所にもよい。周回路沿いにはカタクリ、キクザキイチゲやミズバショウが春の訪れを告げ、初夏にかけてはヤマツツジ、トウゴクミツバツツジ、バイカツツジなどのツツジ類のほかタニウツギやノリウツギが季節の主役を演じている。しかし、なんといってもすばらしいのは残雪の安達太良連峰を背景に紅紫色の花を付ける数本のオオヤマザクラが黄色い花のイタヤカエデとともに満開を迎える頃である。男沼からは近年開設された林道まで5分足らずで行ける他、数本の道があるが、途中、ミズバショウやスミレ類が豊富なあけぼの湿原を経由し仁田沼駐車場に戻るルートを辿ろう。道が平坦になれば、駐車場はもうすぐである。

【参考タイム】仁田沼駐車場(10分)つつじ山公園(15分)女沼(10分)思いの滝(40分)仁田沼(一周15分)(20分)男沼(一周20分)(15分)仁田沼駐車場

【アドバイス】ミズバショウの時期は温泉街からの道路や駐車場は渋滞する。休日を避け平日の早朝がよい。水場は男沼にある以外は使用不可。また、男沼は釣りの穴場であるが、釣人が残すゴミは沼の景観を害している。ゴミは必ず持ちかえること。

【地形図】土湯温泉(山の概要)

 

イヌコリヤナギ カタクリ キブシ
ミヤマエンレイソウ ミズバショウ ツリフネソウ

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