奥羽山脈花回廊(9) 甲子山
                                              
佐藤   

甲子山は、西郷村に属する標高1549mの山である。那須連峰の福島県側の前衛峰として三本槍岳、朝日岳、赤面山、茶臼岳方面の縦走路の起点となっている。深い渓谷を抱え、周辺には白水沢や南沢、一里滝沢など快適な沢登りが楽しめる沢が多い。甲子山の森はミズナラやブナを優占種とする広葉樹林であるが、林床では、他の奥羽山脈のブナ林にはない特異な下層植生が見られる。また渓谷沿いにはフサザクラ、裸岩が散在する山腹にはクロベ、頂上付近にはアスナロやヤマグルマが植生するなど地形を反映した樹木の分布や草花が楽しめる。

甲子山へは、フジヤホテルから分岐する奥甲子道をたどる。車止めのある廃屋となった休憩所付近からの、アカシデ、クマシデ、オオヤマザクラ、ブナ、カツラ、フサザクラ、ヤマネコヤナギ、ヤシャブシ、アカイタヤ、イタヤカエデなどの渓谷林は一見の価値がある。またケナシイワハタザオ、ヤマエンゴサク、アマニュウ、キクザキイチゲなどの草花も楽しめる。登山口となる甲子温泉までは45分ほどの歩行であるが、甲子山登山にこの行程を加えることで花観察の充実度が倍増する。

奥甲子道に入らず国道289号線を直進するといくつかのトンネルを経て甲子温泉に至る。甲子山の登山口は、甲子温泉・大黒屋の敷地裏となる。本館前を通り、白河藩主・松平定信ゆかりの庵を右に見て沢沿いを下ると登山口の標識がある。白水沢右岸の堰堤の落水を左手に見ながら細いコンクリート道を山の中へ入って行く。登山道に入ると国道289の標識があり、驚かされる。つまりこの登山道は国道ということらしい。沢の水際でオオバギボウシの白い花が映える。沢を離れ、温泉神社を右に見る辺りからスギ、ヒノキの人工林となる。人工林とは言え、林床ではコナスビ、イヌトウバナ、ツルアリドオシなど、林間では、エゾユズリハ、エゾアジサイ、クサアジサイなどの植生が見られる。やがてフサザクラ、ヤマボウシ、ハリギリ、ミズナラなどの広葉樹林となり、間もなくブナの大木が現れる。この辺りまではハリギリの高木が目立つ。登山道沿いには青紫色が美しいスミレサイシンや花の形が個性的なウスバサイシン、ホウチャクソウ、ルイヨウボタン、レンゲショウマ等が植生する。またエンレイソウやヤマタイミンガサも良く目立つ。

広葉樹林に入ると急斜面となりつづら折れに開かれた登山道が続く。一帯は、見事なブナ林である。ミズナラ、アオハダ、リョウブ、ガマズミ、コハウチワカエデ、コミネカエデ、サラサドウダン、シロヤシオ、ツリバナなどの中低木が林間を埋めている。林床では、ヤマタイミンガサとクルマバハグマが優占種で良く目立つ。他にユキザサ、オオバユキザサ、チゴユリ、ヤグルマソウ、ヒメモチ、ツルシキミ、オオバショウマ、ミヤマカラマツ、トリアシショウマ、シラネアザミなどが植生する。しかし、ブナ林でよく見られるヒメアオキはわずかしか確認できない。ウダイカンバの倒木を越した角にミズナラの大木が現れる。この辺りから、ナガバハエドクソウ、ミヤマヤブタバコ、イチヤクソウなどの群落が目立つようになる。一帯はブナよりもミズナラが多くなる。更に急斜面を登っていくと曲がり角にクロベの大木が現れる。下を見下ろすと幽玄なブナ林が美しい。間もなくなだらかな尾根となり「猿ヶ鼻」の標識がある広場にたどり着く。周辺はシロヤシオ、トウゴクミツバツツジ、ムラサキヤシオ、ハウチワカエデを抱えた比較的若いブナ林である。林床にはヌスビトハギ、シオガマギク、ウツボグサ、オクモミジハグマ、マイヅルソウ、アキノキリンソウ等が植生する。

「猿ヶ鼻」から暫く続く平坦な登山道は、シロヤシオ、ムラサキヤシオ、トウゴクミツバツツジ、コヨウラクツツジ、サラサドウダン、ガクウラジロヨウラク、ホツツジ、ハナヒリノキなどが混生し、さながらツツジ街道の様相を呈している。林床にはショウジョウバカマ、バイカオウレン、ツルツゲ、ツルアリドオシ、シオガマギク、オトギリソウ等が群生し、ヒメイチゲ、イワカガミ、カラスシキミなども見られる。クロベのコロニーが見られる辺りではヤマツツジやコバノイチヤクソウ、アクシバ、ヤマグルマ、ヤシャブシの植生も確認できる。またブナ林の所々でクルマユリの群落があり、運がよければ赤みがかった美しい花を堪能できる。猿ヶ鼻から35分程で甲子峠への分岐にたどり着く。甲子山頂上へは直進する。分岐部からは登山道がえぐれ急登となる。溝状の道の両側にはアカミノイヌツゲ、アズマシャクナゲ等がマント植生を形成し、アスナロやクロベの幼樹が混生する。急斜面が途切れ視界が広がる一角にヤマグルマの樹姿が印象的。再び傾斜がきつくなり岩肌の急登を凌ぐと甲子山頂上に飛び出す。正面に座る旭岳が雄大である。頂上で初めてヤハズハンノキ、ミネヤナギが観察できる。甲子山のお花畑は頂上からもう少し先である。頂上を下った小ピーク付近登山道沿いでは、ヒメイチゲ、バイカオウレン、ミツバオウレン、オヤマリンドウ、ホツツジ、ヤマグルマなどが見られる。また、崩壊した斜面ではクガイソウ、アマニュウ、ミヤマシシウド、ヨツバヒヨドリ、マルバダケブキ、オニアザミ、イワニガナ等の特異な植生が形成されている。更に下ると岩礫混じりの小ピークとなり、甲子山頂上を展望することができる。一帯は、ミネヤナギの間を縫ってイワキンバイやウスユキソウ、シモツケ、クロヅル等のお花畑が広がっている。

 

[アクセス・コースタイム・アドバイス]
◆甲子温泉へはJR白河駅から バス45分終点(新甲子温泉)下車。フジヤホテルから分岐する奥甲子道をたどり、徒歩1時間。マイカーの場合は東北自動車道白河ICで下り、国道4号経由で国道289号を西へ約23Km、いくつかのトンネルを経て甲子温泉に至る。
甲子温泉(65分)猿ヶ鼻25分)甲子峠分岐(25分)甲子山頂上2時間)甲子温泉

25千分の1地形図

「甲子山」「新甲子山」

トウゴクミツバツツジ

マルバノイチヤクソウ

ルイヨウボタン

シロヤシオ

ホツツジ

トウゴクミツバツツジ

シモツケ

クルマユリ

アカイタヤ

バイカオウレン

ブナ

ヤマグルマ

花マップ甲子

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