奥羽山脈花回廊(15) 権太倉山
                                              
高橋 淳一

福島県内には山名に「倉」という文字の付く山が多い。ブナの美しい奥会津の「志津倉岳」や阿武隈山地の「手倉山」「鎌倉岳」は多くのガイド本で紹介されている。それによれば「倉」は岩壁や岩峰を意味するものだと記されている。この権太倉山(976.3m)も登山口付近に「聖ケ岩」という岩壁を有し、堅固な砦を想わせる雰囲気がある。しかしその一方ではブナを始めとする広葉樹の森が山頂一帯に広がっている。本来、「倉」の語源は穀物を蓄える場所ということであるが、古来より稲作を生活の基盤としてきた人々にとって、豊かな実りを育んでくれる水源の山(森)はかけがえのないものであると同時に山(森)こそが穀物(食料)を蓄える「倉」と考えていたのではないだろうか。自然に対し畏敬の念を持ち、謙虚で慎ましく生きてきた先人達は「山名」にもそんな想いを込めていたのではないかと思えてならない。

山麓の水田が実りを着ける頃、この山を訪れた。大信村の中心部から隈戸川沿いに延びる県道矢吹天栄線を羽鳥湖方面へ10km余り進めば、整備の行届いた聖ケ岩ふるさとの森キャンプ場に着いた。周囲は聖ケ岩等の岩壁が迫る景勝地である。管理事務所脇の駐車場に車を止め、事務所で給水を済ませた後、県道を挟んだ向かい側の登山道に入った。ミズナラの優先する明るい林には、花期を過ぎたスミレ類やチゴユリやコバギボウシの葉がのぞいている。春には、カタクリの花が一斉に咲き競うということだが、今はその面影はない。斜面を登るにつれ、涼感を誘う隈戸川の瀬音が遠ざかっていくが、途中、岩の折り重なるような場所で「大間ケ嶽の風穴」という看板が目に入った。岩の隙間からは冷気が噴き出しており、汗ばんだ体には心地よい。周囲を見渡すと、キバナアキギリ、シロヨメナ、ヤマジノノホトトギスなど秋の花が主役になろうとしている。時折響いてくるミンミンゼミの鳴声がどことなく寂しげに聞こえるのは樹上を渡る風のせいだろうか。急坂を登りきり、コナラ、ミズキ、ホオノキにカエデ類の混じる平坦地に出れば前衛峰である大間ケ岳の鞍部であった。ピークに至る道は無いが、林内に点在するオオヤマザクラの花が満開を迎えるころに再び訪れて見たい場所である。

ここから道はヒノキの植林地に入っていく。薄暗い道を100m程進めば岩石が露出した斜面となった。足元に注意を払いながら進めば、オレンジ色の花弁が特徴的なフシグロセンノウが道沿いの岩陰に咲いている。周辺に視線を向けると一帯が群落地のように多くの花が見える。この時期の林内には場違いともいえるのような鮮やかな色彩は魔法のように私の目を虜にしていった。間もなく樹林が切れ、山頂を眺望できる場所となった。1mほどの草丈の先端に紫色の集合花を付けるカワミドリの花越しには丸みのある広葉樹が山頂を覆っているのがよく見える。山腹崩壊によって出来た場所なのか、非常に歩きにくいが、近年の登山ブームの中、土木工事を施したハイキングコースや1m以上もの刈払いが行われる登山道が見られるようになった中で、この道は最小限の刈払いやロープの設置に留めており、多少の歩きにくさはあるが管理にあたっている方々の自然への思いやりが感じられる。

滑り易い傾斜の道をロープ伝えに慎重に通過しブナも混じる小尾根に取付き、巻き上がればスギの植林地となった。直径50cm前後の林は比較的手入れが行われているせいか意外に明るく、林床にはキバナアキギリが群落を成している。また、かつて福島県が北限とされたレンゲショウマの端整で幻想的な花がかすかに揺れていた。程なく道は県道(隈戸川・北ノ入橋)そして大間ケ岳山頂へのルートへ合流した。山頂へは右に進むが僅かに残る自然林の一部には木製の名札が取付けられている。「ウシコロシ」凄い名前も見られるが、由来は牛の鼻輪にしたとか、穴をあけるためとか諸説があるらしい。スギの植林地をアップダウンしながら行けば、やがてアカマツの混じる林そしてブナが優先する森へと続くの尾根道となった。林内ではヤマボウシ、ミズキ、エゴノキなど初夏の頃に白く端整な花を付けた木々たちや、名残惜しそうに花を残しているホタルブクロ、オカトラノオ、ウツボグサに秋の気配が感じられる。きつい登りも小ピークを辿りながら序々に展望が開け、やがて山頂に到着した。山頂からは西方に羽鳥湖、二岐山、北方に猪苗代湖、磐梯山そして分水の嶺々が眺望できたが、東方には、かつてこの山を「倉」として聖域化した人々の穀倉地が開けていた。

【参考タイム】聖ヶ岩ふるさとの森キャンプ場(90分)県道・北ノ入橋方面分岐(40分)山頂(30分)県道分岐(25分)県道・北ノ入橋(20分)聖ヶ岩ふるさとの森キャンプ場

 

【アドバイス】登山口への交通手段は大信村からタクシーのみ。マイカーが便利。聖ヶ岩ふるさとの森キャンプ場は整備が行届いた施設。(問合せ先:聖ヶ岩ふるさとの森グリーンスポーツハウス 0248-46-2471または、役場生涯学習課 0248-46-3976 )

ミヤコザサ-ブナ林 イヌブナが混生 アカネスミレ コキンバイ

フシグロセンノウ

カノツメソウ

カワミドリ

クサアジサイ

クサギ

オオカニコウモリ

シラヤマギク

タニタデ

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