吾妻・安達太良花紀行74 佐藤 守

ナンゴクミネカエデ(Acer australeムクロジ科カエデ属)

安達太良連峰の山稜上部の樹林帯に植生する落葉広葉樹。雌雄異株。吾妻連峰にはウリハダカエデの仲間に属するウリハダカエデ、ウリカエデ、ミネカエデ、コミネカエデは植生するが、ナンゴクミネカエデは今のところ確認されていない。ナンゴクミネカエデはオガラバナ、ミネカエデに次いで標高の高い山域に分布するカエデであるが、名前の通り当初は奈良県大峰山以南の分布で、東北には自生しないとされてきた。しかし、今では岩手県以南で同種の特徴を備えたカエデが確認されている。吾妻連峰でも自生地があるのかもしれない。

葉は対生し、葉脈は5つに別れ、掌状に5つの裂片を形成する。中央の裂片は大型である。葉形はコミネカエデに似るが、各裂片の先端は尖り、特に中央裂片の先端は尾状に長く伸びる。裏面脈上には赤褐色の縮毛が残る。葉柄は鮮紅色である。ミネカエデの葉柄は黄緑色~淡紅色である。葉の形態でミネカエデとの区別は可能であるが、コミネカエデとは識別が難しいかも知れない。

花は頂性で、短枝の先に着生する。総状花序を形成し、510個の小花を着生する。花弁とガク片は5個、いずれも黄緑色のへら型で、形状が似ていることから花弁が10枚付いているように見える。ガク片は外側に着き、花弁の方が細身で基部も細い。上から見ると花弁とがく片が交互に並ぶ。雄しべは8個ある。花糸は赤く、葯は黄緑色である。雄花の中央には退化した雌しべの痕跡が残る。雌花は2分岐した赤い柱頭を先端に付けた鮮赤色の子房の翼が美しく、目を引く。雌しべの基部にはシイナ化した緑色の葯をつけた雄しべが付いている。コミネカエデは花序を下垂し、ミネカエデ、ナンゴクミネカエデは花序を直上して咲かせる。また、ナンゴクミネカエデは花軸、花柄が鮮赤色であることで3種は区別できる。種小名australeは「南の」の意味であるが、今では、分布の実態を反映していないかも知れない。

今から20年以上前になるが、カエデの花を集中的に探索した時期があった。吾妻連峰のカエデ類の踏査を終えた頃に、安達太良連峰を散策した。花心部が美しいミネカエデの花に目が留まり、撮影した。後に調べたところ限りなく本種に近いことが分かった。その後、安達太良山系ではコロニー状に群落が形成されていることに気づいた。

ミヤマタムラソウ(Salvia lutescens var. crenata シソ科アキギリ属)

吾妻連峰のブナ林の湿地帯に植生する多年草。山野に自生する仲間にはナツノタムラソウ、アキノタムラソウがあるが、今のところ吾妻・安達太良連峰で確認されたのは本種のみである。ミヤマタムラソウはコナラやミズナラ林に植生する草本とされているが、本種の植生地はそれからすると明らかに標高が高く、隔離分布している。花冠の外面に軟毛が目立つことからケナツノタムラソウ(毛夏の田村草)の別名がある。ナツノタムラソウとミヤマタムラソウは単系統ではなく中間型も存在するらしい。

葉は対13状複葉。葉は卵形〜楕円状卵形〜披針形。頂葉が広卵形〜円形、鈍頭〜円頭。葉表には短軟が散し、葉藁には腺点がある。葉柄の基部に長軟が開出する。茎の切り口は四角形である。これはシソ科の特徴である。茎には柔らかい白毛が密生する。

花は腋生。花茎を伸ばし穂状花序を形成し、数節に亘って唇形花冠と呼ばれる左右対称の合弁花を輪生する。横向きに花を咲かせる。萼も花冠も上下2唇に分かれる。萼は下部が鞘状に伸び、先は浅く2裂する。花穂軸や萼にが密し、腺が混じることが多い。花冠は明るい紫色である。白色系の花として解説されていることが多いが観察された株はヤマハッカのように明瞭な紫色であった。これは自生地の標高が関係しているのかもしれない。長い雄しべが2個あり、花冠の外へ突き出ている。葯の色は赤紫。雌しべは柱頭まで白く、雄しべの間の上唇側に突き出る。柱頭は、未熟時は尖っているが成熟すると2裂する。近年、ナツノタムラソウは雄しべが花粉を持たない株が混在する雌性両性異株であることが明らかにされた。

今から数年前の観察会の折、湿原の片隅の灌木の下にヤマハッカに似た花をつけた草本に遭遇した。ヤマハッカは湿地には植生しないし、季節的にヤマハッカの開花期でもない。タムラソウに似ていると思ったが、標高的にタムラソウが植生しているとは思えなかった。入山者の多い山域では思わぬ植物に出会うものである。