吾妻・安達太良花紀行72 佐藤 守

ヤマグワ(Morus bombycisクワ科クワ属)

吾妻・安達太良連峰のクリ・コナラ林からミズナラ林の沢に沿った湿地帯付近に植生する落葉高木。雌雄異株。まれに両性花を着ける個体もある。名前から養蚕との関係が連想されるが、養蚕に用いられるのは本種ではなくマグワ(Morus alba)である。マグワは中国から伝わったとされるが時代は不明である。養蚕は弥生時代に伝来した。日本では、古代からヤマグワ等の野生種との交雑により品種改良が重ねられてきた。ヤマグワは環境適応性が高く、冷温帯・暖温帯・亜熱帯の3気候帯に分布する。ヤマグワは新梢の先端を脱落させて仮頂芽を形成するが、仮頂芽を持ち、同様の分布特性を持つ日本に自生する落葉樹はヤマグワの他にハンノキ、エゴノキ、ネムノキの3種のみである。

葉は互生で、葉形は長楕円形であるが、35裂する葉が混在する。先端は短くとがり、若葉の基部は葉柄に流れる。成葉は中央部に裂刻が入り、まるで蚕に葉の一部が食べられたような独特の形状を示す。表面に短毛を散生し、葉縁は粗い単鋸歯を有する。葉脈は3脈性で基部から3方に走る。

花は腋性である。花弁を欠いた穂状花序を形成する。冬芽は葉と花芽双方を有する混合花芽で、発芽後伸長した新梢の葉腋に雄花または雌花を着生する。このような花序と新梢の関係はカキに似ている。雄花の小花は4片のガク片の内側に雄しべが1個ずつ着き、葯を内側に巻き込んでいる。雌花の小花はガク片と雌しべのみで長い花柱の先に白い柱頭が2裂する。マグワは花柱が短く、果実では柱頭が脱落するので雌花と果実で識別できる。

子供の頃、近くの沢沿いに毎年、黒い果実をたわわにつけるクワの樹があった。夏になると果実を頬張るのが楽しみであった。今から思うと、一帯は昔、養蚕が営まれていたのでその木がヤマグワであったかは定かではない。高山の植生調査を始めた頃、沢の脇で太い主幹を伸ばしたヤマグワの壮木を見つけた。その姿は、子供の頃のクワの樹のイメージとは一致しない。栽培種の逸出だったのだろうか。今となっては永遠の謎である。

ラショウモンカズラ(Meehania urticifoliaシソ科ラショウモンカズラ属)

吾妻・安達太良連峰のミズナラ林からブナ林の沢沿いの礫の多い湿った林床に植生する蔓性多年草。ユキツバキ生育地ではラショウモンカズラはユキツバキとは共存せずその周辺に自生することが多く、ラショウモンカズラが生育する一帯にはオドリコソウ、ツルカノコソウ、シャク、コンロンソウ、セントウソウ、ホタルカズラ、クルマバソウ、ミヤマキケマンなどが自生していることから、その群落集団をラショウモンカズラ型として類型化できるとされている。吾妻・安達太良連峰ではユキツバキは自生せずこのような類型が妥当かは分からないが、ラショウモンカズラの植生は局地的でコロニー状の分布を示しているのは確かなようである。

葉は十字対生。葉形は三角心形で縁には鈍鋸歯がある。下方の葉は明瞭な葉柄があるが、上部では葉身が茎を包むようになる。葉身にはシソ科独特の深い網目状の葉脈が走る。茎は4稜があり、葉、葉柄、茎ともに開出毛がある。

花は腋生。数節に亘って葉の付け根から23個の唇形花冠と呼ばれる左右対称の合弁花を着ける。花は横向きで着生部は茎の片側に偏っている。萼は円筒状で開出毛が散生し、先は浅く5裂する。花冠は明るい紫色で、シソ科の花としては大きく、目立つ。その中で下唇の中央裂片は鮮白色で大きく、下方に垂れ下がり、その曲がり口付近は開出する長毛が生える。中央裂片の先は浅く2裂し、濃紫色の斑紋がある。雄しべは4個でその内2個は短い。葯は黄白色、雌しべの柱頭は黄色である。

本種は今から約20年前に中吾妻で初めて出会った。その日は林道のゲートが閉まっていたため、2時間近く歩いて登山口まで辿りついたのを記憶している。沢にかかった橋を渡り、融雪水なのだろうか、湧水地かと見間違うほどの湿性地を通りかかった。その一角で今まで見たことのない大型のジャコウソウに似た紫の花を見つけた。その近くではクルマバソウの白い花もちょうど見頃であった。それまでの林道歩きが一気に報われた気分になったのは言うまでもない。