吾妻・安達太良花紀行71 佐藤 守

ナガハシスミレ(Viola rostrata var. japonicaスミレ科スミレ属)

クリ・コナラ林からミズナラ林の林床に植生する多年草。日本固有種。アギスミレ、オオタチツボスミレ、オオバキスミレ、スミレサイシンと並んで日本海型分布のスミレで、雪解け間もない比較的水分の豊富な林縁や斜面下で見られる。吾妻連峰でも高山山麓一帯はこの日本海型分布のスミレ類とアケボノスミレ、サクラスミレ、ヒナスミレ等の冷温帯避雪型や暖温帯避雪型とされるエイザンスミレ、フモトスミレ等が混在し、スミレ類の植生上の境界領域(分水嶺)となっている。ナガハシスミレの形態的特性としてはタチツボスミレの仲間に属し、地下茎を有し、櫛の歯状の托葉と花柱が無毛な点が共通している。  

葉は互生。根生葉と株から伸長した茎に着生する茎生葉がある。葉形は先のとがったハート型(心形)で葉縁はやや尖った鋸歯がある。葉色は緑色で葉の表面はつやがある。

花は生。花弁は上弁、側弁各2片と唇弁1辺からなる。花弁の色は青紫であるがやや赤みを帯びる個体もある。他のスミレ類と比較して各弁ともに丸みを帯び、花全体が正面から押しつぶされた様に平開し輪郭は円形に収まる印象がある。側弁基部は無毛、雌しべの柱頭は鎌状に下に曲がる。唇弁にはすじ状に条斑が走る。花弁の内部周辺には青紫の絞りが入り上品な印象を添えている。距は長く、命名の由来となっている。花を正面から見ると距と花弁の組み合わせが尻尾を立てた猫の様で花の表情に愛嬌がある。

かつて、スミレの探索に集中した頃に、いち早く覚えたのがこのスミレであった。何より距と花の姿は印象的で、花を見て楽しいと思える貴重なスミレであった。その後、山形県で開催された、いがりまさしさんのワークショップでオオタチツボスミレとの交配種でイワフネタチツボスミレというスミレがあることを知った。その後、タチツボスミレの距の形を見てみると、植生している場所により距の形にも多様な変形があることに気づいた。タチツボスミレの距の変異探しは最近の春の楽しみの一つとなっている。

ハナヒリノキ(Leucothoe grayanaツツジ科イワナンテン属)

吾妻・安達太良連峰のブナ林から亜高山針葉樹林の林縁や岩場で見られる落葉低木。有毒物質を含むことが古くから知られ、明治時代から研究されてきた結果、一部はグラヤノトキシンと呼ばれる一群の化学成分であることが昭和初期に解明され、その後もハナヒリノキに含まれる毒性成分の研究が続けられた。また、過去にはコハナヒリノキ等多くの変種が記録されているが、遺伝的背景は不明で解明の余地が残されている樹種である。

葉は互生で、葉形は長楕円形。両面に毛がある。短い柄があり、先端は短くとがり、基部は葉柄に流れる。紙質で両面にやや硬い毛を散生し、葉縁は腺毛を有する微小な鋸歯を有する。葉脈は網目状で裏側に深く窪む。

花は頂性である。枝の先端に総状花序を形成する。小花は5裂するガク片を有するベルフラワーである。全て下側を向いて開花する。花冠の先端は浅く5裂し、反り返る。花色は通常は淡緑色であるが、植生地により紅色を帯びる個体も見られる。雄しべは10個、葯は褐色である。雌しべの柱頭は透明感のある緑色である。小花は花序の基部から先端に向けて咲き揃う。面白いのは、果実は花とは逆に全て上を向いて結実することである。

本種は20年前の1997年に初めて知った。緑色のベルフラワーはほかにウスノキやヒメウスノキなどあるが、本種は数珠玉状に咲くので清涼感がある。また、赤色を帯びた個体は同一種とは思えない華やかな美しさがある。