吾妻・安達太良花紀行70 佐藤 守

エゾユズリハ(Daphniphyllum macropodum subsp. humileユズリハ科ユズリハ属)

吾妻連峰のブナ林下で見られる代表的な常緑樹。ハイイヌガヤ、ヒメモチ、ヒメアオキ、ツルシキミと併せて多雪地のブナ林を構成する基本的な林床要素。これらに加えてユキツバキもあるが、吾妻・安達太良連峰には自生しない。

葉は互生だが、枝先は叢生し輪生する。ユズリハに似るが、側脈は810対でユズリハより少なく、質はユズリハより薄い。葉身は長楕円形で先端は尖る。葉縁は全縁。葉の表は光沢があり、裏面は緑白色。

花は腋性である。雌雄異株で、雄花と雌花をつける株に分かれる。葉腋に多くの総状花序を着生する。小花はガクと花弁を欠く。雄しべは1小花につき7〜9個着生する。1つの雄しべは2つの葯を持つ。葯の色は赤紫色を帯びる。雌花は酒樽のような子房の先に2〜4個の紅色の柱頭が反り返る。退化した仮雄しべが子房の基部に着いている。雌花の柱頭の形状は鶏冠のようでもあり、唇のようでもある。開花時の花の姿は花弁がないにも関わらず華やかで目を引く。開花期は先端の若葉の色がまだ萌黄色を残す頃で、紫外線が強い時期である。柱頭や葯を色素で紫外線から守り、種の保存を確保するための戦略なのかもしれないが、柱頭が赤い植物はヒメモチ等ごく一部で多くはない。柱頭に色素を持つ植物は、何か特別の事情があるのだろうか。

高山の的場川にいたる途中のブナ林で3本が並んでいた真ん中のブナが自己間引き現象により倒れた。できたギャップの光の恩恵を受けるのはどのような植物か観察しようと訪れたところ倒木から2年を待たずその林床はエゾユズリハによって埋められていた。ユズリハがめでたい木とされるのは、このような成長力の旺盛さが着目されたからかもしれない。

モウセンゴケ(Drosera rotundifoliaモウセンゴケ科モウセンゴケ属)

山地の湿地や亜高山の高層湿原に植生する多年生の食虫植物。モウセンゴケの仲間は北極を中心として環状に分布しており、周極分布と呼ばれる。周極分布する植物には高山植物が多いが、モウセンゴケは比較的低山の湿地にも植生し、適応性が広い。名前が「コケ」となっているが、繁殖を種子で行う種子植物である。属名は「霧を帯びた」の意味で粘液を分泌した様子を表し、種小名は円形の葉を表している。

葉は根生葉のみで、茎葉は無い。根生葉はロゼット状に株を形成する。葉身は倒卵状円形で理科の実験で使われる薬さじの様な形状。表面からは消化液を分泌する朱赤色の繊毛を纏っている。繊毛の先は丸い。腺毛は葉縁が長い。葉裏には昆虫を捕捉する腺毛は形成しない。昆虫を捕捉すると接触の刺激で葉が巻いて昆虫を包み、粘液で溶かして昆虫から養分を吸収する。粘液には蛋白質分解酵素が含まれている。

花は生。根生葉の葉腋から花茎を伸ばし蕾が渦巻き状に着いた卷散花序を形成する。小花は、ガクは5裂し、花弁は白色で5片、雄しべも5個である。雌しべは3個で花柱は深く2裂しV字形に開く。花は下部から咲く。開花には日差しが必要で曇ると花は閉じてしまう。陽光を浴びると花弁は平開し、点状に光を反射し磨りガラスの様な質感を呈する。

山歩きを始めた頃、モウセンゴケは湿原でミズゴケと一緒に群生する観葉植物であった。本格的に吾妻連峰の花の撮影を始めてから数年が経過し、谷地平の植物の撮影に集中した時期があった。大倉深沢に至る登山道の一角で白い小さな花の群生が目に留まった。花をつけた株の葉を確認すると見慣れているモウセンゴケの葉であった。葉の赤い腺毛と白い小さな花と垂れ下がった蕾の組み合わせに他の植物にはない新鮮な美しさを感じた。それ以来、夏の湿原を通るとモウセンゴケの花を探す癖がついてしまった。