吾妻・安達太良花紀行69 佐藤 守

マルバアオダモ(Fraxinus sieboldianaモクセイ科トネリコ属)

里山からブナ林にかけての林縁に生育する落葉広葉樹。別名ホソバアオダモ。アオダモ(Fraxinus lanuginosa f. serrata)はアラゲアオダモの変種で別名コバノトネリコ。葉以外は形態的な差異を識別するのは困難である。高温乾燥に強いとされ、アオダモより低地に多く自生する。いずれも濡れると樹皮の色が灰白色から緑色に変色する。エスクレチン等の蛍光物質を含み、枝を水につけると紫外線に反応して水が青い蛍光を発する。和名の由来としては樹肌が青っぽいからとの説もある。材は鍬や斧の柄、炭材や薪を縛るのに用いられ、樹皮は、眼疾、痛風の治療薬に使われる等、山村生活に密接に関係してきた。

葉は対生である。奇数羽状複葉。葉身は長楕円形で先端は尖る。葉縁は全縁。アオダモは波状の細かい鋸歯がある。

花は頂腋性である。新梢先端と葉腋に円錐花序を対生して数個着生する。小花は合弁花であるが、白く、長い4枚の裂弁に分かれる。雌雄異株で、雄花と両生花(雌花)をつける株に分かれる。雄花は雄しべ2個、両生花は雄しべ2個と雌しべ1個がある。雄花と両生花の両方の花粉がともに発芽能力をもっている。10月頃、細長いへら状の翼のある果実になる。種子は休眠を必要としない。

冬芽は鳩羽鼠と呼称される独特の紫を帯びた銀色で優雅。アラゲアオダモの冬芽には開出毛が着生する。山を散策していると青く染まった枯れ木が転がっていることが有る。それが(マルバ)アオダモであることは後に知ることになったが、誰が何の目的でこんなところにペンキを塗ったのかといぶかっていた。

ウワミズザクラと開花期が重なり、田植え時を迎えた里山では暫し白花の競演が楽しめる。マルバアオダモの白く細長い花弁は、初夏の爽やかな風にたおやかになびき、光を反射する。その繊細で柔らかな雰囲気が漂う花穂の姿は綿飴の様でもある。ウワミズザクラとマルバアオダモの花の風情は対照的だが初夏を告げる里山の花である。

チドリノキ(Acer carpinifoliumムクロジ科カエデ属)

ミズナラ林からブナ林の沢沿いや水分の多い林地に植生する。日本固有種。ヒトツバカエデと共にカエデらしからぬ葉形を有するカエデ類の個性派。葉の外観はヤシャブシやサワシバに酷似する。イタヤカエデやヤマモミジとは対照的にコロニー的な分布を示す。カエデ類の中では最も湿性地を好み、適地が重なるケヤキやサワグルミの樹幹下に多く植生する。

葉は対生。葉形は長楕円形で中央より先端側が膨らむ。先端は長く尖り、葉縁は重鋸歯がある。葉身には中肋を挟んでシンメトリックな深い並行脈が走り端整。裏面葉脈上に軟毛が着生する。短花枝には2葉のみ着葉する。萌芽葉は淡黄緑色で萌芽葉が紅色を帯びるヒトツバカエデと対照的であるが、秋にはヒトツバカエデと同様に黄葉する。萌芽時の鱗片葉のみが唯一紅色を呈する。

花は頂性。短枝の先端から総状花序を下垂する。雌雄異株。花穂の長さは雄花が長く雌花は雄花より明らかに短い。この雌雄性と花穂の長さの関係はキブシに似る。小花は萼片が4枚で萼片の内側に緑色の先端が尖った花弁を着生するが、開花後間もなく落花してしまう。雄花は515個の雄しべを着け、葯は黄色い。雌花は先端が反転した半透明の柱頭を持つ。雌しべの周りに退化した雄しべが残る。萼片及び花弁、子房には軟毛が着生する。ウリハダカエデの花も似たような花序であるが、こちらの萼片は5枚である。開花と共に小花柄が長く伸び花を糸で垂らしたようになる。葯以外は花全体が淡緑色で外観はカエデ類の中では最も繊細で質素である。

今から20年前になるが、高山山麓のケヤキ林が気になりスプリングエフェメラルを目当てに集中的に通った時期があった。ケヤキの葉も赤味が消えた頃、クマシデの様な葉を持つ対生の樹に気づいた。カジカエデやミツデカエデ等のカエデ類が自生する中でその存在は新鮮であった。思いついて久しぶりにそのケヤキ林を訪れた。20年を経て増したその幽玄な佇まいに息を呑んだ。ほとんどが人工林と化してしまったこの一帯のかつての森の姿が偲ばれた。