吾妻・安達太良花紀行68 佐藤 守

ガクウラジロヨウラク(Menziesia multiflora var. longicalyx ツツジ科ヨウラクツツジ属)

ブナ林から亜高山針葉樹林帯に植生する落葉広葉樹。日本固有種。日当たりの良い高層湿原周辺や林縁の湿った場所を好んで群落を形成する。本種はウラジロヨウラクの変種で花冠に明瞭な萼片を有する。ガク片の長さは連続的に変異するためウラジロヨウラクとの識別が困難な株もある。吾妻・安達太良連峰ではガクウラジロヨウラクの頻度が高く、ウラジロヨウラクの植生は少ないようである。

葉は互生である。枝の先端に4、5枚の葉が輪生状に着葉する。葉身は楕円形で先端に赤色を帯びた球形の腺状突起を有する。葉縁は細かい鋸歯があり、白毛が着生する。葉色は、表側が淡いエメラルドグリーン、裏側は粉白色を帯びる。特に若葉の色合いは独特で、他のツツジ類にはない気品がある。葉身の表裏に白毛がまばらに着生する。葉柄も有毛である。

花は頂性で茎の先端から放射状に長い花柄を伸ばし、4〜10個程度のベルフラワーを咲かせる。花冠の形は同属のコヨウラクツツジとは対照的で胴の長い端整な釣鐘型で先端は5裂し、裂片は反転する。雄しべは10本である。萼片は5枚である。萼片および花柄には腺毛が密生し、その先端の球状の赤い突起が美しい。花冠の色彩は鮮赤から紫がかった淡桃色まで株により微妙に変化する。

ガクウラジロヨウラクの花芽は発芽後、鱗片が脱落すると数枚の総苞片がクリーム色に変化し、まるで黄色いバラが咲いたような景観を呈する。その花心(?)部を注意深く観察すると、紫色の花蕾が覗いて見える。やがて、花柄が伸長し、真の花冠が露出する。登山の魅力に取りつかれ始めた頃、残雪が点在する春山でエメラルドグリーンの葉を持ち、小さいバラの様な黄色い「花」を着けた花木に出会った。しかし、その「花」を掲載した図鑑は存在しない。その理由が分かるまで数年を要した。今でもガクラジロヨウラクの出蕾直前の姿に着目した解説書は見られない。ガクウラジロヨウラクの化身を楽しんでいるのは私だけかも知れない。

アカネスミレ(Viola phalacrocarpa スミレ科スミレ属)

コナラ林からミズナラ林に植生する多年草。アオイスミレ、スミレ、タチツボスミレ、ニョイスミレ(ツボスミレ)、ニオイタチツボスミレと並んで環境適応性が広いが、日当たりの良い比較的乾燥した場所を好むようである。吾妻・安達太良山麓では大きな群落を形成することは少なく、数株が点在することが多い。スミレ、ニオイタチツボスミレ同様、地下茎が無いタイプである。株全体が白い短毛で被われるのが特徴である。スミレ類にはノジスミレ、ヒメスミレ、アリアケスミレ、コスミレの様に吾妻・安達太良山域では見られない人里多産型のスミレがある。アカネスミレは、ミヤマスミレの仲間に分類され、標高は高くはないが、山地性の分布を示す。アカネスミレの毛のないタイプであるオカスミレは吾妻山麓では見られず阿武隈山麓等の人里を好むようである。

葉は対生。スミレ類の葉形は大きく分けるとスミレに代表される長三角形とタチツボスミレの様な心臓形に分けられる。本種はその中間型で変異が多い。葉柄には翼が見られる。葉の両面は短い白毛で被われるため柔らかな質感を呈し他のスミレ類とは明瞭に異なる。葉縁は緩やかな鋸歯がある。

花は腋性。葉腋から複数の花柄を立ち上げ、やや赤みを帯びた青紫の花を咲かせる。花弁と花柄には白毛が密生する。側弁、上弁、唇弁ともに条線が明瞭で、側弁基部には鮮白毛が着生する。距も細毛で被われる。上弁と側弁は基部が広がらず雌しべが隠れる。雌しべの先端はかぎ型である。花には微香がある。

 花色が命名の由来であるが、「茜」色は赤系の色彩であり、少なくとも吾妻・安達太良山等の奥羽山系で確認されたアカネスミレの花色は青系で決して「茜」色を連想するものではない。残念ながら私は赤系を連想させるアカネスミレは見たことがない。アカネスミレがスミレとの対比で命名されたとすると、確かにスミレの花色に「茜」色を混ぜるとアカネスミレの色合いになるような気もする。アカネスミレの青みが雪深い山岳地帯の早春の光や土壌の化学性に関係しているのではないかなどと思案を巡らせている。アカネスミレに出会うたびに色彩と名前のギャップに悩みつつも花色の不思議を楽しんでいる。