吾妻・安達太良花紀行35 佐藤 守

シナノキ(Tilia japonica シナノキ科シナノキ属)

ブナ林に植生する落葉高木で日本特産種。

葉は互生で葉柄が長く陽樹の特徴を備える。葉の形はハート型で先端は長く尖り、葉の基部もハート型に窪む。葉縁には鋭い鋸歯がある。葉脈は掌状脈が鋸歯部まで走る。幹の色は暗灰色で樹皮は縦に細かく裂け、特徴のある幹相となる。

花は集散花序で葉腋から垂れ下がる。花柄の中間部には総苞葉と呼ばれる靴べら状の器官があり、これが開花中のシナノキの独特の景観をかもし出す。小花は外側からがく片、細長い花弁、花弁状の仮雄しべが各5個あり5倍数性を示す。それぞれの器官は直接重ならないように回転して配置される。その内側では多数の雄しべが中央の1個の雌しべを囲む。花色は花序全体が淡い黄緑色で、濃緑色の葉群に混在して樹全体がグラデーション模様を形成する。

吾妻・安達太良山域でも重要なブナ-ミズナラ林の構成樹である。陽樹性が強いためか植生頻度は高くないが、大木の独立樹が点在する。開花中のシナノキの姿を観察できるのは、林中では難しく、林縁にあるシナノキに遭遇したときにその恩恵に恵まれる。樹の花に興味を持ち始めた頃に、偶然、開花期のシナノキに出くわし、その花は忘れられない存在となったが、果実については興味が向くことはなかった。昨年(2007年)の冬に、観察会の下見に高山に出かけた際に、雪上に総苞葉を付けたシナノキの黒い果実を見つけた。総苞葉の寄木細工のようなセピア色のモザイク模様に温かみのある美しさを感じた。なお、似たような形態をしているオオバボダイジュの果実には5個の稜があるので区別できる。

シナノキの花はレモンに似た香りがあり、蜂蜜の蜜源植物として有名だが、加えて昔より生活用品から文化用品まで幅広い木工品の材料として利用されており日本人の文化の香りが強い樹木ともいえる。

ミツバオウレン(Coptis trifoliaキンポウゲ科オウレン属)

亜高山の針葉樹林や高山の雪田の周辺部に生える多年草。雪解けと同時に開花する高山植物である。

葉は根生葉のみで、長い柄があり、3枚の小葉から成る3出掌状複葉である。小葉の表面は照りがあり、周辺には鋭い鋸歯がある。

花は頂生花序で、根茎から花柄を伸ばし、白と黄色と黄緑色で構成される花を咲かせる。白い花弁に見えるものはがく片で、花弁はその内側にある黄色いものである。中央に黄緑色の雌しべがあり、その周辺を多数の雄しべが囲んでいる。花弁は退化し、先端の黄色い杯状の部分とこれを支える基部の細い部分に機能分化しており、前者は舷部(げんぶ)、後者は爪部(そうぶ)と呼ばれる。舷部は蜜腺が発達している。がく片、花弁、雌しべはそれぞれ5個あることから5倍数性の花であることが分かる。遠目では白い大きながく片が目立つのみだが、近づくと花の姿はなかなか賑わいがあり、その意外性が楽しい。

吾妻・安達太良連峰に植生するオウレン属にはミツバオウレンに加えバイカオウレンCquinquefoliaとオウレン(キクバオウレン:Cjaponica)の3種類がある。このうちオウレンのみが雌雄異株であり、バイカオウレンは吾妻連峰が北限である。自生地の標高はミツバ、バイカ、キクバの順に低くなる。

ミツバオウレンは、夏の吾妻連峰の稜線上の主といった存在であり、太陽に最も近い場所に生育するためか陽気で明るい印象がある。2005年の西吾妻誘導ロープ補修ボランテアの際に、稜線も間近となった辺りで見慣れぬ小さな花が咲いているのに気づいた。葉の形態はミツバオウレンに酷似しているが花の感じが異なるのである。それは「先祖がえり」によりがく片が緑色を取り戻した個体であった。


 
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