東北ブナ紀行(10) 奥田 博

 秋田市の東に連なる太平山地とも呼ばれる1000m前後の山々は、秋田市民に親しまれている山である。この山にはいわゆる天然の秋田杉が植生していて、こちらの方が有名だ。自然の杉は、屋久杉のようにそんなに太くはないが、しっかりブナなどの広葉樹と共存している。ブナは所々素晴らしい林が点在しており、それをつないで歩くことも楽しみである。

9)大平山

 太平山の盟主は1170mで決して高い山ではない。もともと修験の山、信仰の山であったことから、多くの名前が残っている。お堂や神社などが点在している。

 この山には、多くのコースが開かれている。過去には3コースから登ったが、印象深かったのは冬にスキー場から中岳を目指した時だった。中岳山頂に近付くと、素晴らしいブナの森に出合った。それは桜が満開のようにブナに枝に霧氷がビッシリと付いて、輝いていたのだった。

 今回は秋の季節に仁別のキャンプ場から登り出した。前夜のキャンプ場では、暖かく眠れたがさすがに秋の朝は寒い。参道のような道を登りだす。立派な杉の並木を抜け、 しばらく登ると、祠の建つ となる。この辺から大きな秋田杉とブナが目立つようになる。ブナはまだ本格的な紅葉は始まっていなくて、緑が残っている。

 急な登りに耐えると禊場である御手洗場となる。ここは水場であるが、周囲はうっそうとしたブナの森で、ただならぬ気配を感じる。空気は重く、昼だというのに太陽の光は弱い。何百年もの間、同じ空気が流れていたようにも思える。ブナの林が、空気の流れを閉じ込め、そしてこんな世界ができたというよな気を感じる。

 水を飲んで、歩き出すと、再び急坂に差し掛かる。次第に林は明るさを増して行くのは、葉が色づき出しただけではなく、ブナの木々がわい性化して空が見えてきたからだ。やがて縦走路に飛び出し、日本海が見えると、そこは森林限界だった。もう鳥居の先には、太平山山頂が目の前にそびえていた。

(コースタイム)

旭又キャンプ場(2時間)御手洗池(50分)太平山

20)馬場目岳

 この山は、太平山地ではもっとも北に位置する。山頂には小さいけれども山小屋が建っており、地元の山好きには、人気がある山である。この山に登るには、仁別から急な道をたどるか、太平山から縦走するか、いずれにしても簡単には登れない。

 谷底である仁別キャンプ場から尾根に登り、縦走路をたどり、馬場目岳から仁別に戻る回遊が可能である。馬蹄形をした尾根に取り付くには、谷底からどこをたどっても急坂に苦労させられる。しかし尾根に出れば、あとは小さなアップダウンはあるが、楽である。赤倉岳から北に向かうと時折、意外な遠さで馬場目岳の山頂が望まれた。ブナの森は実に素晴らしい。

 紅葉したブナ林は、幹の太さの粒が揃って、太陽の光とリズムを作っている。秋の陽は強くて、影も強く生み出す。その光と紅葉と影が織りなすリズムが美しい。尾根のブナは、狭い風通しのいい個所ではわい性化したり、穏やかな尾根では、スックと伸びたりして、その姿は様々である。

 尾根は広い場所ではブナの林をなし、尾根が細くなるとブナはわい性化する。その林相で、尾根の様子が分かる。馬場目岳に近付くと踏み跡が怪しくなってきたのは、近年は歩く人が減ったせいだろうか。尾根分岐まで来ると旭又からの登山道に合流し、広い道に戻る。この周辺のブナも味がある。やがて到着した小さな山小屋の建つ小さな山頂からは展望抜群。下りは旭又へ急なブナの尾根をたどる。

(コースタイム)旭又キャンプ場(1時間50分)赤倉岳(2時間)尾根分岐(40分)馬場目岳


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