東北ブナ紀行(55 奥田 博

  「大震災が教えてくれたもの」Ⅺ

福島第一原発から20kmの懸森山を歩いて思ったこと

 

 2014年4月某日、南相馬市小高区の毘沙目木から懸ノ森を周回した。途中の林道は、大規模な土砂崩れのままで、震災の爪痕がそのまま残っていた。上部の雑木林は健在で、林床は多少藪が煩くなったような気もするが、ブナ、コナラ、シデなどが明るい輝きを放っていた。一帯は原発から20km、北西に伸びる汚染地帯に掛かっており、現在でも線量は非常に高いが、腑に落ちない数値でもある。周囲の林道や好ましかった雑木林などは一律に3~4μSv/h(最大4.65)、さらにどこの山でも低いハズの山頂が3.68μSv/hもある。要は、周囲と山頂の差は大きくない。これは原発事故初期の頃に見られた現象。現在は、山頂部は周辺に比べて、極端に低くなっている。これは前号の日隠山でも述べた通りだ。漠然とした疑問が、7月の新聞記事で氷解した。昨年、小高区・原町区で収穫された米から基準値を超えた問題は、2013年8月19日、3号機のがれき撤去作業の粉じんで作業員2人が被ばくした事実から、粉じんが風に乗って飛散し、コメに付着したと判断された。東電は、事実を公表しないでいた訳だが、この粉塵飛散は、この山林にも当然降り注いでいたと考えるのが妥当だろう。どの範囲に飛散したのか、事実を知りたい。不思議なのは、県が設置している線量モニタリングポストのデータは何の反応も示されていない。よもやデータを隠してはいるまいが。

 原発再稼働に向けて、動き出している。世界を揺るがした事故の検証はまだ終わってはいない。一連の現象の正確な分析、特定するレベルの責任の所在まで突き詰めて、本当の意味の「再発防止」策につながる。原因究明を曖昧に闇に葬り去り、再稼働はあるまい。

 これまでの原発の常識もゼロベースで検証し直してみることも必要だ。発電コストが安い、CO2を排出せず環境に優しいというのは本当なのか。今回の事故の後始末にかかる費用は、果たしてどのぐらい巨額になるのか、できるだけ正確に見積もる。使用済み核燃料や老朽化した原発の廃炉コストなども、事故前と今とでは条件が大きく変わったので、計算し直してみる。さらにCO2増加と原発事故の環境への負荷を比べてみる。直接的な発電コストに廃炉そして使用済み核燃料の廃棄コスト、更には事故に伴うコストを加えればより正確な原発電力のコストが求められるはずだ。その結果、予想以上の高コスト電力となるかもしれない。これまで既にチェルノブイリ、スリーマイル島、福島と三度の大事故が起こっているのが原子力発電の実体だ。今後は自然災害のみへの対策に止まらず、テロ、誤操作といったものにどう対応するのかも大きな課題だ。以前にも述べたが、廃炉作業で事故が起きたことを想定した訓練は、今年9月1日の防災の日にも、福島県のどこの市町村でも行われなかった。原発事故は過去のことように自らが風化させている。

福島の原発に関しては、廃炉作業が30~40年は継続される。溶け落ちた燃料を取り出すまでは、長い年月を要する。その時に、ただ一度の作業の失敗は、今回の事故以上の結果をもたらすかも知れないことを肝に銘ずるべきだ。3号機のがれき撤去作業の粉じん飛散事故レベルの軽度の事故も、風向き次第では人の住む川内村や楢葉町、いわき市北部や南相馬市北部までも及ぶ可能性を示している。たまたま風向きは、原発事故時と同じ方向に吹いただけだ。

10月には福島県知事選挙が行われる。耳触りのいい言葉に惑わされることなく、福島のみならず日本の原発をどうするのか、それを先頭に立って動く福島県の首長を選びたい。

 

震災で大規模な土砂崩れの林道


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