東北ブナ紀行(54 奥田 博

  「大震災が教えてくれたもの」]

「福島第一原発から12kmの日隠山を歩く」

 4月某日、震災前に歩いた以来、久し振りに大熊町の日隠山(ひがくれやま)を歩こうと思いました。その前の週にNHKで避難している大熊町住民が登っている様子が放映されました。線量も低いので、故郷の住民にも登って欲しいという内容でした。帰宅困難地域にあるが、出入りは可能なようなので早速出掛けた。今回は、時間もないので途中の林道を使って入ってみることにした。県道36号線から麓山を見て県道35号線に入り、住民不在の町を走る。周囲には、除染作業中の看板や作業者のスクリーニング施設がある。もっとも目を引いたのは、真っ黒な除染袋が四段重ねで奥まで置かれた場所だ。その数は無限と呼べるほどで、もちろん今まで見たことも無い規模だ。それが何個所も見られるのは、それだけ深刻な状況であることを物語っている。林道入口を行き過ぎて、その先に通行止めの検問所があり警察官が立っていた。車を戻して「林道日隠山線」に入って間もなく、ブルトーザーで道を均している。作業者が出て来て「明日、環境省の視察があり、作業中なので入れない」という。明後日以降は入れるというので、出直しになった。

以前に民友新聞に次のような記事が載った。以下、掲載内容です。

震災と原発事故の影響で大熊町から須賀川市新町に避難している鎌田清衛さん(71)は、薄れゆく故郷の記憶を後世に伝えたいと、故郷の山の名前の由来などをまとめた「日隠山に陽は沈む」を自費出版しました。鎌田さんは昭和17年茨城県生まれで、5歳の時に大熊町に転居。果樹園を経営していたが、30歳代に歴史や郷土に興味を持ち、現在も町文化財保護審議委員や大熊ふるさと塾の顧問などを務めています。
 鎌田さんは大熊町で一番高い日隠山(標高601.5メートル)の名前がなぜ「ひがくれ」と呼ばれているのか、との疑問を持ち、約25年かけて調べた調査内容を中心に掲載。「山の名前が日没と関係しているのではないか」との仮説から、その後の調査で春分と秋分の年2回のみ海渡(みわたり)神社の神殿と日隠山頂上を結ぶ直線上に日が沈むことを、当初の仮説通り山の名前と日没との関係を確認しました。そして、平成23年3月20日に山頂に日が沈むことを観察する観察会を開く予定でしたが、前日に震災が発生し中止となっていました。

また鎌田さんは「中間貯蔵施設の設置が決まれば、二度と日隠山に陽が沈む景色が見られなくなる。本ではこの景色を次世代に残せるよう願いを込めている」と話していたという。中間貯蔵施設とは、何と悩ましい施設であろうか。日本のために、どこかに造らなければならない施設だが、造られた周辺の住民は、永遠に帰宅困難になってしまう。例え施設を外れたとしても、その隣に住めるだろうか、住む気になるだろうか。周辺住民には、バッファーゾーンのような考えを導入して、土地と家屋の買上げ対象にすべきだろう。いずれにしても、故郷を捨てる無念さは残り、「日隠山に陽が沈む景色」を失ってしまうことに変わりはない。

日を改めて5月4日、日隠山を訪れた。塩の道として使われていたという登山道を登るが、多少藪が覆いかぶさる程度で、歩き易い道が森の中に続いていた。線量は高度を上げるにつれて高くなる。林道を横断する尾根に載った場所で2.56μSv/hであった。最大線量は、分岐手前アカマツやモミ林の中で4.02μSv/h、原発の見える望洋台では1.25μSv/h、山頂は0.65μSv/hと他の山頂同様に低かった。登山道を細かく計測して行けば、線量の高い個所も低い個所も現れることは、今までの計測で分かっている。ホットスポットも各所にある。   私のような老人ならともかく、この山に登山を勧めるのはいかがなものか。昨年だったと思うが、Web上に子供たちを連れて登った記録がアップされたが、無責任な行動だと思う。先日、そのサイトを探したが削除されていた。日隠山は予想通り、高い線量で老若男女が歩くには程遠い山であった。ただ大ブナも大クヌギも元気に健在だったのが救いだった。朝日連峰の南端、祝瓶山の西側にそびえる788mの徳網山。祝瓶山に向かう途中の森も素晴らしいが、この山のブナは第一級なのだ。登山口から30分も登れば、見事なブナ林に囲まれる。この森が、山頂直下まで続く。
 入口には小さな目立たない標柱が建っているが、見逃してしまいそうだ。登山口の看板を見て、杉の人工林に入ってゆく。これを抜けると、雑木の二次林だ。さらに登ると、明瞭な尾根に出て北へと方向を変える。すると見事なブナが現れる。ブナの間に道があって、ブナ街道といったところだ。深い雪に枝や幹が変形したブナが多く見られる。ここは新潟県境に近い豪雪地帯であることがうかがわせる。気に入ったブナを見付けて、ザックを降ろしてコーヒーを飲む。至福のひと時だ。
 道は直角に西に向かうと、山頂が顔を出す。そんなに展望の尾根ではないが、東側は崖になった立派な山容だ。尾根を上部に上り詰めると、ブナはさらに立派になって、見上げて首が痛くなるほどだ。再び、尾根は直角に北東へと向かうが、尾根は細くなってくる分、ブナは細くなってくる。さらに高度を上げると矮小化したブナとなって、狭い展望の山頂到着となった。

コースタイム:登山口(20分)尾根ブナの始まり(1時間)山頂

うず高く積まれた除染物の袋

望洋台からの第一原発

新緑を出した大ブナ


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