東北ブナ紀行(28 奥田 博

今回で青森・秋田・岩手県の東北北部を終えて東北南部に入りたいが、その前に触れておきたい山として「なめとこ山」を紹介したい。この山はご存知宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」の舞台である。賢治ゆかりの山は東北ブナ紀行では、七時雨山や駒頭山、秋田駒、焼石・栗駒山、方面森などを紹介してきた。それらの山には素晴らしいブナがあった。しかしこの「なめとこ山」と「中山峠」には、そんなブナは精々数本を数える程度。しかし東北のブナの雰囲気を持っている不思議な森だからだ。

53)なめとこ山(岩手県)

「なめとこ山と熊」の舞台になったなめとこ山は、長い間、賢治の創り出した架空の山として位置付けられていた。この山は今年9月発行の国土地理院2万5千分の1地形図に認知され、名前が付けられた山である。長い間、860mの無名峰であったが、花巻の佐藤孝さんが、古文書で同定して、それが認知のきっかけであった。私が二度登った際には登山道は無かったが、道が付けられたという情報が寄せられ、再訪することとなった。

豊沢川に架かる橋には、透明なアクリル板が架けてあり、なめとこ山の形と合わせるようになっていた。そこには登山道はありません、と注意書きがあった。車を奥に走らせて、上流の豊沢河を渡って、西股沢に沿って薮の覆う林道を走る。橋の壊れた沢の分岐で車を止め歩き出す。

次の沢の分岐で小さな「なめとこ山」の道標を見る。沢に沿って道は付けられている。沢を渡り、さらに水量の少なくなった沢を登る。途中には滑滝もあってロープにつかまって登る。やがて「小十郎の滝」と名付けられた滑滝から尾根に取り付く急坂に変る。周囲は見事なブナの森とはいえないが、ブナを中心とした森が続く。赤い布に導かれるように進めば、やがて見覚えのある尾根に着けば穏やかな尾根になる。笹に覆われたブナ林は、伐採されモヒカン刈り状に残った森で、この状態は山頂まで続く。狭い山頂ではあるが、ブナの森の持つ優しい風を感じる場所だった。

コースタイム:西股沢端(15分)登山口標識(30分)小十郎の滝(30分)尾根(15分)山頂

54)中山峠と大空の滝(岩手県)

花巻の奥に、唯一残されたブナの秘境がある。その名を中山峠という。中山峠は賢治が1918年4月と7月に地質調査で訪れている。「中山街道」と称した道は、今は林道の廃道化が進んでいる。立派な沢内村へのトンネルや架橋を作ったが、その観光林道も途中で工事は止った。大空の滝も小さくしか見えない。

上部に登るにつれて、道は舗装が切れ、落ち葉に埋まって自然に回帰しているようにも見えた。やがて、ミズラナやホウやカエデ類やブナの雑木林からブナの純林へと変わってくる。いわゆる極相林なのだが、林径は比較的細く、二次林にも見える。細くても樹齢は70〜120年という説明があった。それは、寒気が厳しいので締まっているために、細いのだという。それにしても、粒が揃っていて素晴らしい林だ。中山峠を越えると、この林は存在しない。ここだけ残ったらしいが、逆を言えば、それまではこの周辺には、ブナの純林が残っていたのだろう。それにしても、花巻から至近の距離にあるブナの楽園。よくぞ残ったというのが印象である。花巻の人たちの努力で今は保護林になっている。  

コースタイム:通行止め(2時間)中山峠(1時間30分)通行止め


なめとこ山


中山峠のブナ


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