東北ブナ紀行(19 奥田 博

 岩手県のブナは残っている方だという見方と、もうほとんど残っていないという見方に分かれる。元々、奥羽山脈に沿ってブナは分布し、岩手県の大面積を占める北上山地には、ほとんどブナが無いことが「残っていない」という見方をされる理由かも知れない。奥羽山脈から東に外れた花巻市の西側。そこは宮澤賢治の世界が広がるが、ブナの森もまた広がっている。駒頭山、八方山、方面森、中山峠などだ。伐採もされているが、見事なブナ林が残ってもいるのだ。伐採地とブナの原生林が交互に見られたりする場所でもある。人間の愚かさと、自然の素晴らしさの両方が味わえるともいえる。

35)駒頭山

鉛温泉を抜けて奥へと入って行く。豊沢川の流れに沿って、山に入れば、豊沢ダムが現れる。林道の高度を上げるにつれて、周囲の景観は暗澹とさせるものだった。毒ヶ森や松倉山などはもちろん、この駒頭山もすべてトラガリの山に一変している。山腹を巻いて細い林道は続いている。更に長い林道を登ってゆくと、そのドン詰まりに登山道はあった。皆伐された斜面を登ってゆくとすぐに尾根道となり、やっと林の中に入る。登山道周辺だけが木々に覆われているのだろうが、やはり林の中を歩く気分はいい。次第に高度を上げてゆくと、再び林を抜け出して、東側がガレた尾根に着く。痩せ尾根でこれから登る駒頭山と九六三mピークが望まれた。松倉山が際立った山容を見せている。

  縦走路最高峰の九六三mピークへ立ち寄ってみた。この先松倉山への道が稜線伝いに眺められた。駒頭山の優しい山頂は沢を隔てて眺められたがその下部には、林道が上部をうかがうように延びていた。先の道に戻って、山頂へと向かった。途中、真新しい熊の爪痕が見られた。相棒とは、お互いに顔を見合わせて、先を急いだ。

  すぐに静かな山頂へと着いた。山頂の展望は無いが、落ち着いた雰囲気を持っていた。食事もそこそこに山頂を後にした。実はこの先はまだ長かった。山頂を降りると、すぐに分岐が現れた。戻るように、鉛温泉への道を下る。やがてブナ林の中へと入って行く。中振りの粒揃いの幹で構成された林である。ブナの黒い地衣類もいい。尾根から一歩はみ出すと伐採地が広がっていた。全容が見えないが、どうも尾根筋だけがブナ林であるのかもしれない。雨も上がって、青空さえ見えてきて素晴らしい下りになった。長いブナの尾根も測量小屋を過ぎると、灌木が多くなる。やがてスキー場に飛び出して、このブナ林散策の山旅を終えた。

西登山口(1時間30分)分岐(10分)963mピーク(40分)駒頭山(1時間40分)ロボット雨量計(1時間)鉛温泉



駒頭山のブナは粒揃い

36)八方山

 尻平川から奥の一軒の人家の前で除雪は終わっていた。ここから松林の幅の広い道をたどると、すぐに分岐が現れる。道を左に取ると、広い草原らしい個所に差しかかる。やがてミズナラ林に入って行く。比較的幅の広い道を登ってゆく。林は二次林ぽいが、豊かな自然林がまだ残されている。ミズキ、ホオノキ、トチノキ、ウリハダカエデ、クマシデなどの雑木林だ。

  次第に急な登りも現れて、比較的ゆるい登山とはいえ、ラッセルなら苦しい。四三九mピークでは初めて山頂部が望めた。山の上部は自然林だが、周囲は人工林であることがよく分かる。

  少し下って、再び登りにかかる。風の強い個所は、比較的積雪が少なく歩き易い。周囲は次第に太いブナなども見られて、自然度が高くなるのを感じる。しばらく苦しい登りをやり過ごすとやがて、長根崎コースと出合った。

  ここは素晴らしいブナの自然林が残っていて、ここからは尾根がひとつになって、風向きも変わるせいか、雪の着き方が変わる。やがて、広い台地状のブナに覆われた山頂に到着する。山頂というピークらしい場所は見当たらない。ゆったりとした台地に広がる見事なブナ原生林の造形に、目を見張らされた。山頂のブナをジックリと鑑賞しながら、大きなブナの木の下に雪のテーブルを作って、そこで昼食とした。ビールに昼食は、実に贅沢なものだった。

尻平川登山口(40分)439mピーク(50分)長根崎コース分岐(30分)山頂(1時間45分)登山口

八方山のブナ

 
ブナの樹皮模様


戻るブナ紀行目次へ