東北ブナ紀行(14) 奥田 博

 人の目に触れることの多い観光地のブナと、道とて無い山に人の目に触れることの少ないブナ。秋田県の人の目に触れる機会の少ないブナを訪ねた。

27)八幡平・長沼

八幡平は広い面積を有し、したがってブナ林も多い。その中で蒸の湯温泉の西側に山毛(ぶな)森と呼ばれるピークがある。ピークというよりは、こんもりとした森である。文字通りブナの森だが残念なことにスキー場ができてしまって主なブナは遠の昔に伐採されてしまったが、周辺にその名残を見ることができる。その反対側、すなわち八幡平側にもブナ特有のモコモコしたブナの森が見られる。登山道が開かれているのは、蒸の湯温泉から大谷地を経て、長沼に至り、八幡平に登る長いコースだ。その前半である長沼周辺には静かなブナの森が広がっている。
 その長沼は、混雑する八幡平周辺とはまるで無関係に、ひっそりと静まり返っている。ブナの深い森に囲まれ、その静けさは静謐とでも呼ぶべきだろう。派手さも無く、ただ静寂の支配する沼は、現代では貴重な存在だ。

蒸の湯(30分)大谷地(40分)長沼

28)大石山

 この山に登山道はない。この山のブナがいいよと教えてくれたのは秋田市在住のO村さんだった。彼は秋田県自然保護の大御所であり、登山家である。白神山地の保護のあり方で、保護団体に深い溝が生じた時期があった。そんな時期を乗り越えて、保護団体が同じ方向を向くのに7年の歳月を要した。

 山への取付きは秋田内陸縦貫鉄道という第三セクター鉄道の長戸呂駅近く。この駅にビバークして、一番列車の前に起き出して歩き始める。3月の林道は雪がたっぷりで、スキーの調子もよく谷の内へ入っていく。手頃な尾根を選んで急坂を登り、尾根に出たが、藪が出ていて苦労する。標高400mなので無理も無い。標高を上げるにしたがって、雪は多くなりいつしか快適な尾根歩きになる。その頃はブナの見事な大木が現れる。北側は軽い雪だが、南側は重い雪に苦労するがブナを堪能しながら、山頂に到着した。

 下りは藪の尾根を嫌って、南面のブナの斜面を谷に向かって降りた。最初は見事なブナに感嘆の声を上げていたが、次第にそのブナは姿を消した。尾根よりも手強い藪が待っていた。谷の奥まで入っていた林道は、見事にブナを伐採していたのだった。

 下田集落(3時間30分)山頂(4時間30分)


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