東北ブナ紀行(12) 奥田 博

 ブナは東北の山には当たり前の存在だ。当たり前、空気と同じ存在、貴重でもなんでもないであるが故に、見過ごされることが多い。白神や鳥海の有名なブナに対して、無名なブナの方が遥かに多い。そんな無名のブナ探しは面白い。

23)焼山

 十和田八幡平国立公園の中にあって焼山周辺は温泉に囲まれている。登山口と下山口がいずれも温泉で、山は活火山という素晴らしい景観と登山条件の揃った山である。その火山に加え、中腹はブナの森に覆われているので、見所は多いが、どうしても火山の風景に目がいってしまうのは仕方のないこと。火山の動に対してブナは静。静に目を奪われるようになれば、心豊かな山歩きが楽しめるというものだ。

 玉川温泉に一泊して、裏手から登りだす。もうもうと蒸気が上がり、そこに毛布を敷いて横になる人々がたくさんいる。その光景を眺めながら登山道に入ると、静かなブナの中に開かれた道となる。紅葉は既に終り、木々は葉を落としていた。しばらく歩いてふと見ると、ブナが根を広げ、そこに落ち葉が埋められて、不思議な紋様が描かれていた。ここで休むこととして、しばらくブナの創り出した一幅の絵を眺めた。

 この先は、火山や岩場の風景が広がる。そのクライマックスを越え、次第に後生掛温泉に近付くと、ふたたびブナの風景が広がった。温泉に始まり、温泉に終わったが、またブナに始まり、ブナに終わる山でもあった。


コースタイム)玉川温泉(1時間30分)名残峠(30分)焼山山荘(30分)毛せん峠(1時間)後生掛温泉

24)大白森山

 秋田駒ヶ岳周辺の乳頭温泉郷には優れた温泉が点在している。黒湯、鶴ノ湯、蟹場など詩情豊かな温泉が詰まっている。駒ヶ岳の北側には大白森、小白森という山上湿原を従えた静かな山がある。特に大白森は広大な湿原が横たわり、素晴らしい。しかし、この大白森と小白森を結ぶ尾根に広がるブナ林もまた素晴らしい。山頂の湿原に咲く花や広がる風景に目を奪われるが、ここのブナが話題にあがったことはない。そんな人の気にとめられることの少ないブナの風景を大切にしたい。何でもないブナの風景だ。大白森から八幡平に抜ける長い縦走路も、ブナの林に終始するという。いつか縦走してみたいブナの道だ。

コースタイム)鶴ノ湯温泉・登山口(1時間40分)縦走路(40分)小白森(50分)大白森


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